「昔の子ども」復活を!

 ハツカネズミ

 日々追って低年齢化する犯罪に、「ゾッ!」とする毎日が続く。いつの時代から日本は、犯罪国家に成り下がったのか。それも小学生までがカネ欲しさに「何でもヤル」ところまで堕ちてしまった背景に、日本の不甲斐なさがある。

 小生は戦後生まれだが、父や母の教育は戦前の「日本の教育」そのものだった。何をしても叱られた。場合によっては父に殴られもしたし、母に叩かれもした。学校の先生には権威があり、叩かれようと殴られようと、親には言えなかった。親にとって先生は「神様」であるから、「何やったんだ!」と言われても、決して言わない。言ったらその倍になって返ってくるのは必至だ。先生は「聖職」という言葉そのものだったし、親もまた「先生」を尊敬した。中でも先生の“家庭訪問”は恐ろしかった。母親に何をしゃべるのかが気になって、母と先生の話しのやりとりをそっと盗み聞きしたものだ。

 その聖職といわれた先生も、生徒に性的嫌がらせをしたり、自分の感情の赴くままに生徒を殴ったり叱ったりでは、子どもから「尊敬」という言葉は聞かれない。親もまた同類である。叩かれたわが子に代わって、学校へ押し掛けて行くような親もいれば、“逆キレ”して先生を脅しに行く親もいる。親が先生を尊敬しない。先生は生徒から尊敬されない。「先生と親」の連携した教育は現代の世にはもう存在しないのか。
 そんな時代に、子どもたちは、自分たちだけの世界を作り上げた。そこには先生も、親も介入できない「子ども社会」が存在している。先生も信じないし、“仕事忙しさ”にかこつける親にも尊敬などない。そんな背景に子どもたちの犯罪が増えるのは当然のことである。子ども
を本気で叱る教育、悪いことをしたら「痛さ」で教える教育、子どもに尊敬される先生、子どもとともに過ごす親にならなければ、子どもの犯罪など無くなりはしない。

 どこで間違ってしまったのか日本の教育。不甲斐ない日本を救うには、もう一度昔の日本に戻ることだ。夏休みには子どもたちが、川で泳ぎ、魚を捕って遊ぶことが楽しいと思える環境づくりである。親たちが金儲けに走っている社会では、決して子どもたちの犯罪は無くならない。高速道路や大橋を造るのも大切なことだが、子どもたちが自然に遊べる環境に戻してやること。不甲斐ない大人たちが、不甲斐ない日本を救うには、本気になって、わが子と向き合って「昔の子ども復活」に努力するほかない。(2003.7.21)