新聞人注目の県民紙発刊!

 26日の朝刊に気になる記事が載った。「滋賀県で県紙発刊をめざす」という一段見出しもの。ネーミングが実に良いー、「株式会社・みんなで作る新聞社」。21世紀にふさわしい県民のための新聞という感がする。滋賀県内では有名人らしく、自動ドアセンサーの会社やFM放送などの会社を経営する55歳の同年代のオジさんである。お目にかかったこともなければ、聞いたこともない人物だが、全国で地方紙や業界紙が破産や経営不振に陥っている中での船出に心から拍手を贈りたい。

 小林徹氏なる人物が地元のある対談で、発刊の経緯について「市場シェアの30%にあたる15万部の購読をめざします。山科から滋賀に入ると急にFM放送の受信状態が悪くなった。それが悔しかったのが高じて『エフエム滋賀』の誕生につながりましたが、新聞発行の想いもそれに通じています。大阪等の大都市圏を除いて地方紙がないのは近畿では滋賀県だけ。ぜひチャレンジしたい。」との抱負を語っている。滋賀県には地方紙がないのかー。と言って、この不況とインターネットの普及で新聞の部数は、全国紙、地方紙、地元紙、そして各業界紙と軒並み、ダウンが現実である。購読料を柱に広告料や出版物が主力商品だが、若者の“新聞離れ”に歯止めをかけるあ布石はない。広告主もパッとは集まらないだろうというのが大方の見方であろう。

 だが、敢えて県民紙の発刊に踏み切れる根拠は何なのかを聞きたいものである。民報の記事によると9月1日が設立で、資本金は5700万円で2005年の春の発刊に漕ぎつけるという。社員数も100人というから良い人材も殺到するだろう。いまの県民紙に何が足りないのか。それは新聞社独自のスクープである。現場100回は刑事だけではない。新聞記者も同じである。デスクワークが仕事にしていては、良い記事は書けないし、良いソースに出会うわけがない。本気で記事を取ってくる記者がいなくなったと嘆くのは、新聞社OBばかりではない。広告もしかりである。各地のお祭りや選挙、お悔やみ、盆暮れ広告等の定番企画にウンザリしながら回って歩く、そして年を重ねることにも、二度「ウンザリ」しているのも社員である。

 新聞社ならどこも五十歩百歩である。汗を流して歩くことがない若者が増えつつある中での新聞社の運営も容易ではないはず。まずは「記者魂」の特訓からはじめ、営業社員には「米つきバッタ」や「背広を着た乞食」のような精神を戒めなければ、企業のスポンサーなどつかめない。要するに記者以上の情報を集めてなければ、企業主にOKのサインはない。サラリーマン化した社員では新聞社の社員はつとまらないと言うことである。野次馬根性で、物を見るのは恥じるところもあるが、2005年の発刊を注目したい。ちょっと間延びの感もあるが・・。 (2003・8・26)
主幹 富田