可愛ゆくない娘

朝のラッシュ時に、信号待ちにぶっかった。民家の集中する場所でのことだ。ちょうど、玄関先から20歳前後の娘さんの軽自動車が出ようとしていた。当然、出るに出られないでいるのかと思い、後続車に気をつけ下がった。だが、その娘さんには驚いた。無表情のままスーッと出るや「下がって貰った」いや「下がって戴いた」というアクションをまったく起こすことなく走り去った。
 いや!驚きである。毎度のことで礼儀も省略か。

 親はもっと礼儀作法を教えてよ!「まったく、可愛いだけじゃ、世の中通んないよ。譲って貰ったらお礼のアクションくらい起こすの当たり前。自動車学校じゃ教えないけど、そんなの当たり前だぞ!(写真=自動車学校の教本では、教えてはくれない)


人生の基本は「あいさつ」

 朝は毎日というほど、ウォーキングを1時間程度する。冷夏と初秋の区別もつかない年となったが、小生の住む福島市北西部は果樹の宝庫である。手を伸ばせば、桃、りんご、梨と食べ放題?に実る場所でもある。甘い香りが新鮮な朝に漂い、心にも活力を与えてくれそうである。
 そんな清々しい朝にちょっぴり水をさす出来事がある。それはあいさつである。ウォーキングの1時間に出会い、すれ違う人々のこんなデーターはどんなものでしよう。

 まずは老若男女を問わず、こちらから「おはようございます」とあいさつして、「おはようございます」と返ってくる率は80%である。あいさつする前に「おはようございます」と先手必勝?または同時にされてしまう率は40%くらい。まったく顔を合わせたくない人、あいさつしない人は、中年の男性と若い世代の順に絞られる。勝手な分析をすれば、身勝手なタイプの「お偉い派」と“親の躾"と戦後教育の歪みが産んだ「新世代派」である。
 頭が下がるのは大正時代から昭和初期に生きたおばあちゃんである。立ち止まってまであいさつする人や深々と頭を下げる人もいる。戦前の教育は本当にリッパ! 「どこの誰だ?」という態度であいさつするのは、戦後生まれの小生らである団塊の世代である。したくもないが、人によってはした方がよいという打算的な世代でもある。戦前教育も少しづつ薄れてきた証だ。

 何事も人とのコミニュケーションの第一歩、人生の基本は「あいさつ」である。声を掛け合うことで、少年の非行や若者の悲惨な事件も未然に救われるかも知れない。そればかりか中高年の自殺やインターネット自殺願望も減るだろう。昔はどこの人にも「あいさつ」はしたものだ。小生はせめて、さわやかな朝に出会う人に「おはようございます!」と声をかけることにしている。(M)