マスコミ業界の憂い

 産業というか企業には時代の流れによって栄枯盛衰がある。かって県北地方を中心に福島県を繁栄させたものに養蚕業があった。農家では“お蚕さま”は人間よりも大切に扱われ、古い農家は2階が養蚕部屋だった。その繭から製糸工場が建てられ生糸の輸出ブームはお大尽を生み、川俣などの羽二重・絹織物は一世を風靡した。その養蚕農家の上に君臨したのが県養蚕農協連合会(県養連)だった。農政担当記者で駆けずり回ったころ掛目協定は最も難解な取材ソ一スで、しばしば深夜まで料亭でねばった経験がある。繭を売る生産者側と、それを買って生糸にする製糸側の値段交渉なのだが、算定方式が誠に難しくて駆け出し記者では到底理解し得なかった。ただ、豪勢に料亭を使うあたりに繁栄ぶりが伺えた。その県養連がいまは雲散霧消し、当時を偲ぶよすがは何も無い。僅か40年の間に一大産業が丸ごと幻と消えたのである。

 テレビが50年を迎えたという。NHKのア−カイブス・シリーズは思わぬところで高齢者に懐かしい映像を与えてくれたが、テレビ文化がこのまま、もう50年間繁栄をもたらすのだろうか。なんか心もとない気がするのだが・・・。
 それにも増して“漠とした不安”に包まれているのが新聞界ではないか。いま新聞の「無購読者層」が新聞各社を悩ませている。「新聞を講読しない」若者のことである。新聞は読んでいるのだが、それは各新聞社が競って新しい二ュースを掲載しているインターネットや携帯電話のiモードで読んでいるのである。もの凄い数のホームページの中で「アサヒコム(朝日)」「ニッケイ・ネット(日経)」などへのアクセスが群を抜いていることからも伺える。これらの「読んでいる」若者層は電子情報を読んでいて「新聞講読」はやらない。つまりタダ読みで済まして新聞代にはびたー文使っていないのだ。だいぶ前に地元新聞社の幹部に「iモードでニュースを流すのもいいが、これじや“タコ足"じやないのか」と言ったら「全くそうなんですョ」と浮かぬ顔だった。タコは腹が減ってくると自分の足を食うという。でも電子情報合戦にも負けられない新聞社のジレンマがそこにあった。

 こんな背景もあって全国的に新聞の部数減に歯止めがかからない。7月の全国での総発行部数が4680万部、前月比で42万部減った。こんな状態が2年近く続いている。県民紙は減少は目立たないが、やはり憂色は濃い。21世紀の早い時期に活字媒体にも劇的変化がありそうに思えてならないのだ。(2003・12・10)
元福島民報社専務取締役
編集局長 星 一男