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歴史を大切にすることは、まちづくりも大切にすること
『会津藩 北方の守備へ』シンポジウム

 「昔の人々は本当に偉い!」とツクヅク感じた『会津藩 北方の守備へ』と題するシンポジウムに先日、参加してきました。戊辰戦争はもちろんのこと、200 年も前に会津藩士は最北端の地である樺太、稚内、利尻島へと渡り、幕府のため日本のために蝦夷地である北方警備に当たりロシアと戦ったのですから立派だとしか言いようがありません。



 

 1600余人の会津藩士たちは厳しい冬に会津を発ち、往路約3700キロメートルの旅に出るのです。その間、藩士たちは水痘病などの病にかり遠征中に約 50人が命を落しながらも会津藩の厳格な規律と統率力の中で、演習・訓練を行って、ロシアの来襲に備えるのです。この警備も徳川将軍家の親藩である会津藩としては、自ら願い出て警備に着いたということです。戊辰戦争では、松平容保公が最後まで幕府側に着いて西軍と戦ったことでも分かる気がします。三代将軍徳川家光の異母兄弟として育った保科正之公以来、会津藩は徳川幕府の先鋒として戦ってきたのかも知れません。
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