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建築技術の最高峰である遠山記念館・遠山邸を見学
NPO法人への合流と改組中のふくしま数寄造りの会メンバー

 ふくしま数寄造りの会(NPO豊かなふる里を築く研究会に改組手続中)は19日、埼玉県の遠山記念館(川島町)と喜多院(川越市)を見学した。同会の大村一夫会長、菅原良彦専務理事、三浦藤夫常務理事、富田正廣理事・事務局長は、会のモットーである子や孫の世代まで200年は住み続けられる“長期優良住宅”をめざす第一歩として、これまでにも多くの建造物を見学してきたが、NPOへの合流を機に、建築技術の最高峰である遠山記念館・遠山邸を選んだ。
(写真=左から三浦、菅原、大村、富田の各氏)

遠山邸は当時最高の建築技術と全国から集めた銘木を使って、昭和11年に2年7ヶ月の歳月を費やして完成した。建築は、元一弟芳雄氏の総監督の下、設計を室岡惣七氏、大工棟梁・中村清次郎氏によって、建築様式を異にする3棟が渡り廊下で結ぶ構成によって建築された。建築主は同町出身で、日興證券の創業者である遠山元一氏(明治23年〜昭和47年)が、苦労した母親の住まいにと、生家を再興して建築した豪邸。同邸は、東(63坪)、中(87坪)、西棟(61坪)で構成され、それぞれ欅造り、書院造り、数寄屋造りからなる。
建築費は現在に換算すると13億円とも言われ、20億円を出しても請け負える建築業者は皆無とまで言われる。
 約9200平方メートルの敷地に建ち並ぶ3棟を花木で囲む庭園は、その美しさに訪れる人々に心の安らぎを与える。建築の隅々に苦労した母親のためにと財を惜しまず建築した遠山元一氏の母への思いやりが随所に見ることが出来る。

◎遠山邸の主な概要(バンフより抜粋)は次の通り。
【東棟】豪農の趣を受け継ぐ梅屋敷、茅葺き屋根の欅造り。囲炉裏、縁無し18畳の居間などからなる。
【中棟】1階中央の18畳の大広間は伝統的な書院造りで、貴顕の来客を接待した。10畳の次の間(控えの間)。2階は非公開。
【西当】落ち着いた京風の数寄屋造り。客間3部屋と仏間からなる母親のための建物。

 この後、一行は川越市にある川越大師喜多院を見学した。寛永15年(1638年)1月の川越大火で現存の山門【寛永9年建立】を除き堂宇(仏堂)はすべて焼失し、3代将軍徳川家光が、江戸城紅葉山【皇居】の別殿をここに移築して、客殿、書院等に充てた。院内には家光公の誕生の間、春日局の化粧の間などほか、多くの建造物が再建され、今日の文化財として保存されている。(喜多院は写真撮影禁止でしたので、建物の内部等はお見せできませんのでホームページでご覧下さい)
■ 遠山記念館・遠山邸ホームページ
http://www.e-kinenkan.com/
■川越大師喜多院ホームページ
http://www.kawagoe.com/kitain/culturalasset/index.html




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