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歴史建造物「赤レンガ倉庫」の運命は?
米国人のラリー・リチャーズさん保存に奔走

 
 福島市の平和通りと国道4号線の交わる場所(舟場町)に時を忘れたかのような『赤レンガ倉庫』があるのを皆さんはご存じだろうか?
知ってる人でも「だれのものか」「何が入っているのか」となるとそこまでは興味はないだろう。先の震災でさらに朽ち果て、崩壊寸前であるが一向に修復の兆しが見えない。実を言うとこの赤レンガ倉庫は、福島県の持ち物である。中には「公文書」や県の事務的な「物品」が保管されているが、電気、水道等は通っていない。もしかすると「お宝」が眠っているかも知れない。 《絵=福島市・春山哲朗さん(建築家)》


 
 その『お宝』のことより、この「赤レンガ倉庫」そのものが福島の重要な文化財産だとして保存に力を入れている団体が「旧赤十字レンガ倉庫を守る会」である。このメンバーのお二人と先日、県庁西庁舎で三浦工匠店の三浦藤夫さんと同席する機会を得た。日本語が母国語のように話す米国人のラリー・リチャーズさん(=写真BE ECO JAPAN K.K.福島市南向台)と同会事務局の塚原久美子さんである。

レンガ倉庫の修復・復元に財源のメド立たず

 同会の保存提案書には「県都として、市民や県民、観光客が訪れて利用できるシンボル的、歴史的価値の高い建物を遺してもらいたい。そこはかつて、近隣住民の心のふるさとの原風景であり、県の復興のシンボル、観光客が回遊できる場所のひとつとして、まさに相応しい建物である」と位置付している。

 この日は、建物の修復・復元、そして耐震補強の整備、活用法等について、県議会議員の桜田葉子議員(自民党)に音頭をとって戴き、県側と第一回目の会合となった。県からは施設管理課の戸田郁雄課長、菅野敏主幹、渡辺広孝主任主査が同席した。

会合の中身をまとめると、このレンガ倉庫は県公有財産うちの行政財産であり、現時点での一般貸出は不可能な建物であること。一般市民が活用するには普通財産への用途変更が必要で、譲渡は一般競争入札を経て「貸付」する事になり、貸付期限は最長5年となる等の規則がある。もっと肝心なことは使用目的が「何に使うか」が問題のようだ。県側は現時点ではこの倉庫に対し震災の折り、修復・復元費用の財源のメドはない。

三浦藤夫社長も歴史建造物と古民家保存を要請


 
 同席した三浦工匠店三浦藤夫社長(=写真)とNPO豊かなふる里を築く研究会(筆者・富田正廣)は、古民家再生・保存の立場からも「震災後、県や市は壊すことに税金を使っているが、保存にはまったく関心が無いようだ。歴史的建造物を始め古民家保存に、県は最善の力を注いで欲しい。歴史ある建物を壊していくことは、福島の歴史も壊すことになる」と言う趣旨を述べ、桜田議員と県側に要望した。これからも「赤レンガ倉庫」の保存と活用に向けた会合を開くことを申し合わせた。(2013/04/10)


■ 赤レンガ倉庫の沿革
1、1887年 国際赤十字との連携により、日本赤十字社が発足
2、1901年 看護婦養成所、寄宿舎として、日本赤十字福島県支部庁舎が建設
3、1916年 3月に赤煉瓦倉庫が完成(36坪 建設費3475円)
4、1943年 8月、特に傷痍軍人、戦死者遺族、出征軍人の家族のために支部庁舎を増築し、日赤福島病院が開業(病床数32)
5、1962年 支部庁舎など、赤煉瓦倉庫を残し、その他の建物を破壊し、病院が移転する。県所有財産となる。
6、2011年 3月11日、東日本大震災により屋根など数カ所が破損
7、2013年 現在、土地は舟場町職員駐車場として使用、建物は書庫として利用。
《沿革は「旧赤十字レンガ倉庫を守る会」資料から》





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