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昭和天皇等の御宿泊処、旧花水館『奥の間』復元か
所有者"ホテル聚楽"福島市の三浦工匠店に調査依頼

 2016年6月14日、梅雨入りした福島市内に青空が戻った午後、「ふくしまの旧家を活かす会」の副会長を務める三浦藤夫さん(三浦工匠店代表)と同行、市内飯坂温泉の旧花水館奥の間(奥御殿)を訪ねた。東京からも建築家・中山章氏(中山章建築研究室代表=三春町出身)も来福した。

 立ち入り3回目となる今回が、初の物件調査となったが、現在の所有者であるホテル聚楽からも担当者が立ち会った。同調査が行われることになったのは、隣接する旧花水館敷地を聚楽が取得した後、2014年10月に加藤治社長が来福した際「ゆくゆくは奥御殿を修復して市民に開放したい」という一言だった。同じ「ふくしまの旧家を活かす会」のメンバーである同温泉「なかむらや旅館」阿部寛さんから三浦工匠店へ調査の打診をしたことから話しが纏まり本格的な調査を開始することとなった。

 旧花水館は2011年の東日本大震災前には取り壊された際に、昭和天皇を始め皇族の方々のお宿となっていた奥の間(奥御殿)が初めて一般の目に触れた瞬間となった。花水館が倒産した2007年頃から既に10年近い歳月が流れていた。

 明治29年8月に華頂宮殿下・妃殿下が初めて御滞在してから、昭和61年9月26日に浩宮徳仁親王殿下(現皇太子)の御宿泊が最後であることを玄関に掲げられた『光栄之記』に記されている。この間、昭和天皇・皇后陛下や皇族方の『行在所』として49回御宿泊・滞在なされている。

 建物は木造平屋建て入母屋造りで秋田杉、ケヤキ,ヒノキ等が使われ、随所に明治の建築の素晴らしさを伝えている。調査に当たった三浦さんは、『全体的に歪みや傾きはあるものほとんど傷みは見られない。修復すれば明治建築の素晴らしさが再現される』と当時の建築技術の高さに驚いていた。(2016/06/23)




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