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◎5月5日放送分 

(※実際の放送とはアドリブ等によって異なった部分があります)

ハイ! みなさん こんにちは!
 土曜日の午前11時30分からお送りしてます「ヴァンカン・のじゅーる」の時間がやってまいりました! 第一週のこの時間を担当するのはいつも通り自称・団塊世代代表・富田正廣がF.Mポコのスタジオからお送りします。と言いながら、先月のこの時間は、イヤ!本当にこの番組に「穴」をあけてしまい、リスナーの皆さん、そしてFMポコのスタッフの皆さんに深くお詫び申しあげます。

 実は4年前にもインフルエンザA型に感染してるんですよ。今回はB型に感染して、もう踏んだり蹴ったりの1ヶ月間になりましたね。先月分もすでに収録に向けたシナリオづくりは9分通り完成しホッとした矢先でしたね、チョットおかしいなと思って、病院に行ったときはすでにアウトでしたね。その後はもう、時間が経つにつれ、身体の節々が痛み出し、頭は「ビリビリッ!」と電気は走るしで、一夜で動けなくなりましたね。この日から1週間は地獄の日々でした。体力と気力が戻ったな〜と思うまで3週間もかかりましたからね。年を取ってから罹る病気は何でも辛いデスよね。

 何と言ってもイチバン辛かったのは足腰の関節と頭の痛さでしたけど、それと同じくらい辛かったのは幻覚症状でしたね。私の場合は寝ているとも頭にパソコンの数字や文字が溢れて画面いっぱいに飛びだし、それらを消そう消そうと必死にキーボードを叩くんですけど、消えなくてパニック状態で何度か目が覚めるんですね。それが夢でのことなのか、現実なのかも分からないくらいでしたね。イヤもう目をつぶるのが恐ろしかったですよ。

 心配した友人が「タミフルの副作用」だと話しをくれたんですけど。後でパソコンで調べたらまさに幻覚症状ですよね。 このタミフルの服用は10才以上の未成年者には控えるように厚生労働省は勧告してましたね。そう言えば窓から飛び降りた子どももいたというニュースを思い出しましたけど、あらためてインフルエンザの怖さが身に沁みました。昨年の11月に予防接種を受てていても予防は予防で罹らないという保証ではないわけでしょうから、注意して生活しないとダメだと言うことですね、あれからちょうど1ヶ月が経ったい今も、体力と気力が完全に元に戻った訳ではないですね。

 2度のインフルエンザを経験して私なりに分かったことは、罹る度に体力と気力が衰えてきたなと実感したことですかね。ワレワレ団塊の世代もインフルエンザ・シーズンには最大の注意を払って生活しましょう。

 それに、私も今年は70才になるんですが、4月に福島市の方から「高齢者肺炎球菌ワクチン接種」の案内が届きました。これも早々と予約をしましたけど、該当する年齢の方は忘れずに接種しましょう。団塊世代のワレワレであれば、今年度は昭和23年4月2日〜昭和24年4月1日までに生まれた人が対象になってますね。このワクチンの65才以上の高齢者接種率は今年の3月末で65%に達したようですけど、来年度からは毎年65才になる人だけが対象のようです。まずは家族に迷惑をかけないことですよ。

 それではここで一曲お届けします。曲は、千昌夫の「津軽平野」・・

後半-------------------------------------

 おかけしました曲は、1984年(昭和59年)にヒットしました、千昌夫の「津軽平野」でした。この年、私は36才で、子どもも5才の息子を柱に3才の娘、生まれたばかりの次男と3人の子持ちでしたけど、仕事の方も順風満帆(まんぱん)で怖い物はなかったでしたね。何でも自分が中心で世の中は回っているような毎日を過ごしていた気がしますね。

 ちょうどもこの頃もこの「津軽平野」が流行ってて、当時、仙台市にあったコンピュータメーカーの部長さんがこの歌が好きで飲みに行くと必ず歌っていましたね。出身が森でしたので余計、人一倍感情を込め森弁で歌っていたのを思い出しますね。この方とは今でも年賀状の交換で消息を確認してますけど、既にあれから34年が経ったのかと思うとこの歌を聴いていてとても懐かしく感じました。一度会ってこの歌をお互い歌ってみたいと思います。当時の飲み会の情景も思い出しましたが、実に時代もユッタリとおおらかに、そして確実に世の中が前に動いていたような気がします。

 仕事と子育てで忙しい現代のパパさんには、この時代のパパさんをきっと、うらやましい時代と映るんではないでしようか。流行語に《私はコレで会社を辞めました》なんて言うのがありましたが、セクハラやパラハラなど、何かとトゲトケしい言葉が溢れる現代社会と比べると、あの頃はまだおおらかで人生をたっぷり謳歌出来たことは幸せだったな〜と思いますね。団塊世代の皆さんも同じように思って聴いてくれてるのではないでしようか。

え〜、第一週土曜日のお昼前のひとときは、自称・団塊世帯の代表富田正廣がFMポコのスタジオからお送りしています。

 話しはガラッと変わりますけど、最近、国の人口研究機関が発表した2045年の日本の人口は2000万人減って1億600万人チョットになるンだそうです。ワレワレ世代がこの世にいれば27年後は97才になるわけですが、これだけ人口が減ったらどんな日本になるんでしょうかね。ちなみに、人口減のトップは噂には聞く秋田県で、実にこの時点で40%も減ることが見込まれてるンですね〜、我が福島県も減少率では全国5番目と高くて131万人前後まで減るんだそうです。

 それに加えて県内の65才以上の人口は44・2%を占めて、全国3番目の「老人の多い県」になるんだそうです。この数字はおそらく健康に暮らす老人ばかりではないんでしょうが、ワレワレ団塊の世代が去った後も、働く人口は減り、老人ばかりが増え続けていく時代になったら、どうなるんでしょうかね。少なくとも、ワレワレ世代はこれからも「足腰が立つように」健康には十分注意して身辺に迷惑がかからないよう頑張るしかないですよね。

 既に皆さんも健康寿命は幾つなのかはご存じでしょうけど、福島県の男性は全国36番目の71.59才、女性は24番目の75.05才で、男性は特に全国平均をずっと下回っているンだそうです。
さらに、総務省が3月に発表した全国人口推計では、驚くことに75才以上の後期高齢者が65才から74才までの高齢者を上回って全体の半数を初めて超したという結果には驚きましたね。

 このまま、ワレワレ世代が5年後に後期高齢者に突入したらもっと増え続けることになるわけですから、働き世代は大変な負担になるわけですね。出来るだけ寝たきりや認知症、さらに心身の衰えにも気をつけて生活をエンジョイすることに心がけましょうか。
3分前  
今日もまた、私のインフルエンザに罹った話し等、とりとめのない話しで終わってしまいましたけど、ワレワレ団塊の世代も70才に達し、来年の5月1日には、元号も変わって、また新時代を迎える訳ですが、子どもや孫達の為にも、これからも平和に暮らせる世の中であって欲しいと思っています。

 既にバックには1976年(昭和51年)ヒットした千昌夫の「夕焼け雲」が流れていますがこの曲をお聴きしながらお別れしたいと思います。今日は、団塊世代の代表、富田正廣がFMポコのスタジオからお送りしました。それでは皆さん!また、6月の第一土曜日のこの時間にお耳にかかりましょう!。それでは皆さん連休最後のヨイ週末をお過ごしください! さようなら

◎3月3日放送分 

(※実際の放送とはアドリブ等によって異なった部分があります)

ハイ! みなさん こんにちは!
 土曜日の午前11時30分からお送りしてます「ヴァンカン・のじゅーる」の時間がやってまいりました! 
第一週のこの時間を担当するのは自称・団塊世代代表・富田正廣がF.Mポコのスタジオからお送りします。

 いゃ〜! もう3月ですね! 動物が冬眠から覚めて土から這い出すように、人間も冬ごもりから解き放されて自由に飛び回る季節になりました! 本当に3月の声を聞くと同時に気持ちも全然違いますし、景色も一変しましたね。皆さんも何かにそれぞれ春を感じることがあると思いますが、私は冬の間もできる限り天気の良い日はウォークに精を出してきましたけど、あぜ道や庭先でオオイヌノフグリや福寿草などを見つけたときは「ああ〜春だな〜」と気持ちも前向きになりますよね。ここ数日は車の運転をしていても日差しが違いますよね。もうそれだけで今日は「何をしようか、何処に行こうか」とワクワクしますよね。

 ワクワクと言えば、ピョンチャンオリンピック、皆さんも連日テレビの前に釘付けだったという人も多かったんじゃないでしょうか。本当に「感動をありがとう!」でしたね。
 何と言ってもイチバンは、スピードスケート女子500の小平奈緒選手の金メダルとライバルであり親友でもある韓国の李相花選手とのあのシーンは見ていて涙が出ましたね。何度見ても胸が詰まってきて、久しぶりに涙と感動でした。二人のことは、韓国メディアでも大きく取り上げられ、金メダル以上に賞賛されましたよね。韓国の人たちに日本人の優しさや礼儀正しさも十分に伝わったんじゃないかと思いますね。これこそ、阿倍総理! 国民栄誉賞もんじゃないですかね。 
 羽生結弦選手はもちろんですが、高木美帆・奈那姉妹等メダルを獲得した皆さんはもちろん、素晴らしい活躍をした日本選手の皆さん、もう一度感動をありがとう! と言いたいですね。

 それに、ヤッパリ! 今大会は韓国と北朝鮮のオリンピックでもあった気がしますね。朝鮮半島統一旗の元で、何かと問題はあったにせよ、両国が一日も早い統一を実現させることだと思いながら見ていましたね。大会前はあのアイスホッケー合同チームを巡って問題はありましたけど、北朝鮮選手達が韓国を離れる際に、両チームの選手達が抱き合って再会を誓っていたシーンは、やはり同じ血が流れ、同じ言葉を話している「同胞」何だな〜と思いながら見てましたね。

 両国が1950年の朝鮮戦争で分断してから既に68年、日本が朝鮮半島を占領してから108年が経つ両国の苦渋の歴史は、強国による支配の歴史でもあって、今のワレワレ世代以下の日本人にはなかなか理解出来ていないことかも知れませんが、今回の小平選手の件やアイスホッケー合同チームの件等、戦争を知らないワレワレ団塊世代の人間にとっても胸を熱くする素晴らしい出来事でした。

 このオリンピックの舞台ウラでは、韓国と北朝鮮、さらにはアメリカ、そしてアメリカの属国である日本も加わって複雑な政治外交が繰り広げられているようですが、一日も早い平和な朝鮮半島になって欲しいと思いますね

 1932年(昭和7年)に起きた5・15事件で、あの海軍青年将校等によって暗殺された犬養毅首相が口にした「話せば分かる」の言葉がふっと浮かびますけど、今こそ、本当に北朝鮮問題は「話せば分かる」と思いますよ。阿倍総理にもシッカリと両国とアメリカの間で「話せば分かる」外交を執って欲しいとおもいますね。戦争を起こしては絶対ダメですよ。本当に。

 夏と冬に2年ごとに開かれるオリンビックは世界の平和を象徴するスポーツの祭典です。これからも、ず〜と、オリンビック大会が開催されることを願うばかりです。

それではここで一曲お届けします。
曲は、トワ・エ・モワの虹と雪のバラード・・

後半-------------------------------------
 おかけしました曲は、1972年(昭和47年)の札幌オリンビックのテーマ曲として大ヒットしました、トワ・エ・モワの"虹と雪のバラード"でした。
 1964年に東京オリンビックが開催され、8年後の1972年にこの冬の「札幌オリンビック」が開催されましたよね。夏の競技とは全く違って、「へえ〜 こんな競技もあるんだ〜」と驚きながら見ていたことを思い出しますね。当時はスキージャンプ競技で日の丸飛行隊なんて言われて表彰台を独占したことが話題になりましたよね。

 何よりもこのテーマ曲を歌ったトワ・エ・モワの二人、爽やかさと澄み切った青空を想像するような歌声が日本全国に毎日のように流れた曲でしたよね。この二人はきっと結婚するんだろうな〜と同世代のワレワレ誰もが当時そう思っていたと思いますが、結局は結婚しませんでしたし、翌年の6月には解散しましたよね。だいだい、男と女のペアーは結婚するか、分かれるかのドッチかですけど、最近、テレビで見かけましたけど、二人もワレワレと同世代ですから、ムリして二人がテレビで歌わなくてもいいんじゃないかと思いもしましたよね。こうしてラジオで流れ、ネットのYou Tube等で聞けるわけですから、当時のあの日、あの頃の思い出を大切にしたいですよね!

 ちなみにこの昭和47年には、何とミュンヘンオリンピックも開催されたんですね。いまのように2年ごとになったのは"いつ"からなんですかね〜。
調べてみました! 1992年までは冬も夏も同じだったんですね
冬はアルベールヴィル(フランス) 夏はバルセロナ(スペイン)が行われたのが最後でした。
ついでに、この年の出来事を調べたらいっぱいありましたね。
東北自動車道開通、ハイセイコーデビュー、上野動物園でパンダ公開、連合赤軍によるあさま山荘事件、川端康成ガス自殺、モスバーガー1号店オープン、山陽新幹線が286km/hの世界記録達成等どれもこれもワレワレ団塊世代には懐かしい出来事ばかりですよね

 私は当時24歳でしたが、あの「あさま山荘事件」は、日本中の人がテレビの前で一日中見ていたと思いますね。この日は浜通りの広野町の建設会社にいてその会社で何時間も釘付けになって見てましたからね〜 大事件だったですよね。
 それと、個人的には東北自動車道開通ですかね。福島区間の開通式の当日、あの福島トンネルの中で記念写真を撮ったのを覚えていますよ。後にも先にもトンネルの中で自分の写真を持っている人って関係者以外いないと思いますが、これも新聞社にいた特権でしたよね。今となれば貴重な写真でイイ思い出でになっています。

え〜、第一週土曜日のお昼前のひとときは、自称・団塊世帯の代表富田正廣がFMポコのスタジオからお送りしています。

 当時の若かりし日々から、既に45年の歳月が流れたわけですけど、今はと言うと、仕事で走り回るどころかどころが、病院通いであっちこっちと走り回っているような気がしますよ。ホントに。
 先月末には昨年6月に腫瘍摘出手術で8ヶ月振りに検査に行ってきましたけど、もう、病院通いだけてヘトヘトですよ。朝9時まで行って、すぐにCT検査を受けたまではスムーズに行ったんですが、その後の医師の診察まで待つこと2時間半、そして名前を呼ばれて医師から「異常ありませんでした」と一言。こちらも「ありがとうございました」とお礼を言って退室するまでわずか30秒でした。執刀した医師でなかったこともあるんだとは思いますが、あの医大の待ち時間何とかなりませんカネ〜。

 この日はまだイイ方でしたが、4時間も待ったという時期もありましたよ。病院に行くだけでもヘトヘトなのに、病院に行って病人になってくるようです。まあ、異常なかったことで一安心でしたが、これから70代に突入する年代になっていろいろとやることがありますよね。
 健康の為にも私は何と言っても減量することなんですよ。それによって血糖値も血圧も正常値に近づくわけですから、ガンバロウと思って居ます。

3分前  
今日もとりとめのない話しでお付き合いを戴きましたけど、ワレワレ団塊の世代も2025年には75歳以上の「後期高齢者」の仲間入りを果たすわけですが、この「2025年問題」で国も医療や介護等でまた新たな政策を打ち出そうと必死ですが、どんな政策が打ち出されようと健康であることがイチバンだと思って居ます。春です!外に出て身体を動かして頑張っていきましょう!
 既にエンディング曲には、1975年 (昭和50年)にヒットしましたトア・エ・モアの「ある日突然」が流れています。今週はこの爽やかな歌声を聴きながらお別れしたいと思います。

 今日は、団塊世代の代表、富田正廣がFMポコのスタジオからお送りしました。それでは皆さん!また、4月の第一土曜日のこの時間にお耳にかかりましょう!。それでは皆さん! さようなら!

◎2月3日放送分 

(※実際の放送とはアドリブ等によって異なった部分があります)

ハイ! みなさん こんにちは!
 土曜日の午前11時30分からお送りしてます「ヴァンカン・のじゅーる」の時間がやってまいりました! 
第一週のこの時間を担当するのは自称団塊世代の代表・富田正廣がF.Mポコのスタジオからお送りします。
 
 今年もあっという間に2月になって、1年の12分の1が過ぎてしまいました。指を折っても時の経つ早さにはかないませんが、団塊世代の皆さん、ラジオお聴きの皆さんはこの冬、猛威を振るうインフルエンザに注意して日々の生活をしてますでしょうか。罹(かか)ったりしたら大変ですよ。

 私は昨年11月にすでにワクチン打ってきましたけど、打ったからと言ってインフルエンザに罹らない保証はないんですね。4年ほど前になりますけど、新年会の翌日、何と罹ってしまい39・4度の高熱にうなされましたね、夢遊病者のような日々を3日間過ごしましたけど、あれほどの辛い思いは2度としたくないですよ、それ以降は毎年、インフルエンザの注射は欠かしませんけど、ヤッパリ60代後半に罹ると体力面では大変負担ですかね。

 いちばんに疲れ易くなりましたし、気力の面でも「ドン!」と落ちて何事も面倒臭くなりましたね。間もなく70歳になるんですけど、もう二度と罹らないように気をつけて生活するようにしてます。この寒い時期は特に《睡眠、食事、運動》に気を配っています。外から帰ってきたら必ず"うがい・手洗い"は絶対やりましょう!この年になってからのインフルエンザはさらに体力を減退させますから、もうアウトですよ。

 まあ、インフルエンザ対策だけで、日々健康に気を配っている訳ではないんですが、年末年始からここずーと、飲み会が多くて体重もまた増えてしまいましたね、先月29日に定期検診に行きましたら、血糖値も血圧もかなり高くなって、先生から「もう少し注意して生活しましょう」と励まされ、慰められて来ましたけど、本当に自分に甘くてダメだなーと思いましたよね。ここに来て反省の日々なんですけど、体重は落ちませんね〜。何とか朝のラジオ体操と天気の良い日はウォーキングにと頑張ってるんですが・・・ダメですね。やっぱり雪の日が続くと動くのもいつもの半分ですし、食生活も乱れっぱなしの日々が続いて、結局動くのが少ないんですよね。睡眠だけは十分に摂って合格点ですけど、本当に「春よ来い、早く来い!」ですよ。

 そう言えば、平成も今年30年、私は人生70年の節目の年になって、いろいろと人生を振り返ることが多くなってきた気がします。
最近の生活で皆さんも「自分が変わったなぁ〜」と思うことがあると思うんですけど、私は何処に行くのも時間を計算して出かけるほど几帳面なところがあるんですが、ここ1年ほどはですね、街中で会合等があるときは、家から電車を使わずに1時間15分ほどかけて街中の会場に歩いて行きことにしてます。電車で行くときも時刻表は見ないで、行き当たりバッタリで乗ってみたり、会合の時間の1時間前には着くようにして、福島駅のコーヒーショップでゆったりと時間を過ごすのが好きで、自分でも「イイ時間だな〜」と思うようにもなりましたね。

特に「何を考えるー」と言うことはないんですが、ボーッとして駅前の人や車の行き交う様子を眺めているとホッとするんですね。いままで、なんで!こんなイイ時間があったのに気づかなかったのかと思いますねぇ。この年になったからこそ、見えてきた時間の使い方なのかも知れませんけど、最近になって「一人の時間」が自分らしく見えてきたと言う気がします。

 あ! そう! 先日の新聞のコラム欄にイイことが載っていたんですよ。あ〜これだなと思いましたね。それはですねー「一人でいることに何らかの楽しみを見いだす力を『孤独力』といい「どんなことでも一人で楽しむことが出来る人の人生は豊かだ」と言うんですね。それに対し、周囲からの「孤立」は「損しかない」と言ってましたけど、本当にそうだと思いましたよね。

まあ、22年後の2040年には全世帯の4割がひとり暮らしになりますし、高齢者世帯が半分を占める時代がやって来ると言われてますから、ワレワレ団塊世代は「ひとり暮らしを楽しむことができる「孤独力」をいまからしっかりと養って『一人を楽しむ』ことができる世代の先駆けとなって見ようじゃありませんか。何でも、団塊の世代のワレワレは、いつの時代も人生の先端を走り続けなければならない一塊(ひとかたまり)何ですから、そうした魁けになれるようお互い頑張ってみましょう!

それではここで一曲お届けします。
曲は、西島三重子の池上線・・
後半-------------------------------------
 おかけしました曲は、1976年(昭和51年)に、大ヒットしました、西島三重子の池上線でした。
私は28歳の年でしたけど、西島三重子は2つ下の25歳だったんですね。当時はずっと下かな〜と思ってましたけど、本当にワレワレ世代も当時はまだまだ女性も初々しさが残ってましたね〜。この曲を始めて聞いたとき、胸が哀愁に満ちていましたよ。男でも女でも電車に乗って車窓の景色を見ているとこんな気分になることがありますね。詩も曲も最高です。この頃は20代も後半の後半でいろいろと振り返る年になって、思いにふけって聴き入っていたことを思い出します。

 先ほども話しましたけど、この時代こそ「一人で楽しむ」こともあっても良かった気がします。いつも追いかけられるように生き、追いつこうと生きてきた気がしますね。物事をジックリと考えて行動することも少なかった気がしますね。ただ結論を急ぐことばっかりで、突っ走って来た気がしますね。ナニゴトニモでしたね。この時代に戻れるモノなら、いまの自分なら、もっとゆっくり、じっくりと青春を謳歌できた気がします。
え〜、第一週土曜日のお昼前のひとときは、自称・団塊世帯の代表富田正廣がFMポコのスタジオからお送りしています。

 先ほども、チラッとお話ししましたけど、国の人口問題研究所が新年早々に発表しましたが、2040年には一人暮らしの世帯が4割占める時代になって、その半数は高齢世帯が占めるというんですね。ワレワレ世代のほとんどは、すでにこの世にはいませんけど、この時期は団塊世代のワレワレ二世、いわゆる「団塊ジュニア」の時代ですよね。これを考えると、わが家でも他人事ではないんで、本当に将来、どのようになっていくのかー、と考える出すと気が重いですね。

 日本の人口は減少の一途を辿りますし、支えるモノより支えられるモノの方が多い時代になるわけで、今の若者、これからの若者達に「夢と希望を持って働け!」とは言い難いですよ。

 福島県もあの震災以来、人口は減少の一途で、2040年には、このままでは147万人まで落ち込むというデータが県から発表になったばかりか、つい2〜3日前にも全国の都道府県で流失人口がイチバン多いのは福島県だと発表があったばかりです。
 
 政府もいろいろな施策を打ち出して対策に乗り出してくれてますが、本当にこの国の将来、イチバンの問題は人口減少ですから、最優先に取り組んで対策を早めに打って欲しいと思います。
私などは、69歳にして初めて授かった孫娘も2040年には青春時代の真っただ中、そしてそろそろ結婚も考える年頃になっているはずですから、他人事ではありませんよね。イイ国を造ることは、今の時代に生きるワレワレの責任だと思いますから、もう少し世の中のために頑張りましょう!

3分前  「なごり雪」 流れる  1975年 (昭和50年)
今日は節分、明日は立春とさらに心ウキウキする春が近づいてきますが、私はもう昨年、実行できなかった日本海側の秋田、森 北海道の宗谷岬までの車での「日本一周の旅」の計画を始めようと思って居ます。これまで北海道知床半島までの旅、瀬戸内海の旅、山陰地方の旅と京都・奈良の旅、東北の旅とやって来ましたが、70歳になる前に実行したいと頑張っています。
 70歳になったら、また、新たな旅の計画を立て日本一周完全制覇を成し遂げたいと思って居ます。

 既にエンディング曲には、1975年 (昭和50年)にヒットしましたイルカの「なごり雪」が流れています。今週はこのホノボノとした「なごり雪」を聴きながらお別れしたいと思います。
今日は、団塊世代の代表、富田正廣がFMポコのスタジオからお送りしました。それでは皆さん!また、3月の第一土曜日のこの時間にお耳にかかりましょう!。それでは皆さん! さようなら!

◎1月6日放送分 

(※実際の放送とはアドリブ等によって異なった部分があります)

みなさん 明けましておめでとうございます! 
 毎月土曜日の午前11時30分からお送りしてます「ヴァンカン・のじゅーる」の時間がやってまいりました! 
新年早々、この時間を担当するのは自称団塊世代の代表・富田正廣がF.Mポコのスタジオからお送りします。
 
 え〜、あっという間に今年も一週間が経ってしまいましたが、ラジオをお聴きの皆さんは年末年始をどう過ごされたでしょうか。
 最近、私だけなんでしょうか? 近頃の言葉で言うと《インスタ映え》しない年末年始に映ってしまって仕方ありません。 
 例えば、大晦日恒例のNHK「紅白」もサッパリでしたし、途中でアッチコッチにチャンネルを切り替えたりしましたけど、民放の裏番組も情けないですよね。見るもの無かったでが、それでも唯一、紅白で桑田佳祐の「ひよっこ」の歌と出演者が揃ったときだけはマジに見てましたね。

 後日、新聞に紅白の視聴率が新聞に載ってましたけど、ヤマ場の後半でも1989年以来3番目に低い39・4%だったそうですね。国民的番組と言われた全盛時代はトックに終わって、それぞれがそれぞれに愉しむ時代に様変わりしてますから、これ以上の紅白は望めないかも知れません。ワレワレ団塊の世代はもう紅白を見ない人も多いンじゃないか思いますが、皆さんはどうでしょうか。だだダラダラ見てて、この時間が「モッタイナイ」と気づきましたから、来年からは、この時間をもっと大切な時間にしたいな〜と思っています。来年は、初孫が出来ましたので、孫と一緒に楽しめる企画をねりたいと考えています。

 それからも「モッタイナイ」でもうひとつ、皆さんもどっちかというと、正月料理はヨークベニマル等の出来合いモノという家庭も多いと思うんですが、わが家も今年はいろいろな事情で、女房殿の手料理はいつもの半分で、足りない分をヨーク等で用達したんですけど、イヤ〜、ヨーク店内はもの凄い人出で驚きましたね。どの家も皆、同じモノを食べるんだア〜と思うと、年末年始もドンドン味気なく感じてきますよね。

 あんなにいろいろなモノが揃って無くてもワレワレ世代が高校生ぐらいまでは、母親の特別な手作りのご馳走を囲んで家族で楽しい年夜の晩や元日を過ごしたモンですよね。
今はもう、一年中「正月料理」を食べているようなモノで、何を食べても子どもの頃のような「感動、感激、感謝」が薄くなった気がします。

 皆さんも、年末年始は忘年会や新年会で飲食の機会でお忙しい人も多いと思いますが、これも年末の新聞に載っていたんですが、2016年版の「食育白書」というのがあるんですね。これによると、家庭での「食品ロス」の実態調査で「食べないままで捨てることがある」と答えた人は全体の約3割いるそうです。この原因は「買い過ぎ」と「買ったのを忘れて」冷蔵庫等にしまったままなのが原因なんだそうです。

 特に、会社等の宴会、懇親会、祝賀会等での食べ残しがいつも問題になってますけど、これも開始30分と終了10分前は席を立たないで「食べっきりタイム」を取り入れることで食べ残しを少しでも減らすことに繋がると白書では促してましたけど、解決には会社ぐるみで取り組むことがたいじですよね。特に「宴会部長さん」は新年会には是非実行してみては如何でしょうか。私も会社勤めの頃、ヨク、宴会部長をやりましたけど、こうした時間を取り入れてやった事もあります。まあ!当時ほどの飽食の時代では無いかと思いますが、国民1人一人が食べ物を残さないことが大切だと思います。

 本当に、心が痛むのは、テレビでもよくニュースになってますけど、貧困なアジアやアフリカで餓死寸前の子どもが沢山いるということですね。まずは、ワレワレの身近な所で「食べ残し」を極力減らして行くことがそうした子ども達の支援にも繋がるんだという心構えと意識を持って生活したいと思います。

 我が国日本はですね、食料の6割を輸入して3割を食べ残して捨てる国ナンダと言うことをシッカリと知って欲しいですね。食料自給率がたった4割だというこの国の実態を考えるべきでしょうね!

本当にモッタイナイ事をする国民だと言うことを反省しないといけないですね。「モッタイナイ」という言葉を出すと馬鹿にする風潮があるのもおかしな国だと思いますよ。ワレワレ世代が子どもの頃は、母親がヨク、「残すなよ! モッタイナイから」と言って、一つの米粒も残さず食べることを教えられましたよね〜。

 まあ、話しはドンドン別な方向に進んでしまいますけど、これからも飽食の時代がいつまで続くか分かりませんけど、食べ物にもっと感謝し、生産者にもっと敬意を払って年末年始だけでは無く日頃から「残すなよ! モッタイナイから」の言葉をこれからも大切にして生活たいと思います。

それではここで一曲お届けします。
曲は、はしだのりひことクライマックスの「花嫁」・・

後半-------------------------------------

 おかけしました曲は、1971年(昭和46年)に、大ヒットしました、はしだのりひことクライマックスの「花嫁」でした。
はしだのりひこは昨年12月にパーキンソンを患っていて72歳で亡くなりましたけど、イイ歌をいっぱい残しましたよね。この年の「紅白」にも初出場を果たしました。この時代はホークソングが全盛でしたし、先ほども話しましたが、ホント! 紅白は大晦日の大イベントで毎年、毎年楽しみな時代でしたよね。
 
 ちなみに、この昭和46年の『第22回NHK紅白歌合戦』の出場歌手を調べてみましたら、はしだのりひことクライマックスの外に初出場したのは「白組」では

尾崎紀世彦(初) また逢う日まで
五木ひろし(初) よこはま・たそがれ
堺正章(初)     さらば恋人

「紅組」は
南沙織(初)     17才
加藤登紀子(初) 知床旅情 
小柳ルミ子(初) わたしの城下町
本田路(る)津子(初) 一人の手 
渚ゆう子(初) 京都慕情
真帆志ぶき(初) 嘆きのインディアン

男女10人が初出場でしたね。この年の最多出場は、白組でフランク永井15回、紅組は美空ひばりの16回だったですね。
当時は次から次へと、ヒット曲を飛ばす歌手が出てくるので本当にトイレにも行かないで我慢してみてましたよね。
 当時はまだ23歳の頃でしたので、歌手の半分以上は同年代で、紅白にやっと出たと言っては、大泣きして歌ってた歌手もいましたから楽しかったですね。 

来年辺りは、この時代の紅白を最初から最後まで流して欲しいですよね。ワレワレ世代では、その方が楽しみですよね。

この辺で、話しをワレワレ世代に話題に戻したいと思いますが、私も今年、8月で70歳になるんですが、何か、我が人生も大夫押し迫ってきたな〜と感じるようになりましたね。

 先月も少し話しましたけど、最近特に、テレビや新聞、週刊誌などで大々的に特集が組まれるようになったのが「終活」問題ですよね。この言葉を聞く度に、「年をトル」ようでイヤなんですが、直視しない訳にはいかない気がしますね、これもワレワレ団塊世代が5年後には今で言う後期高齢者になることに商売に目をつけたんでしようけど、この言葉が生まれてまだ、5〜6年くらいしか経ってないんですね、その年が2012年で団塊世代が定年を迎えた頃なんだそうです。冠婚葬祭屋も、結婚式は頭打ちで、これからは団塊世代の葬式に目を付け、流行したんでしょうねきっと。

 私もこれらの番組をNHK等で何度か見ましたけど、ヤッパリ、ひとつはお墓のこと、A葬儀のこと、B介護や医療の事C遺言書などは、現実的な問題でしたね。皆さんも「エンディングノート」なるものは知っているでしょうけども、書いてますかね?

 私はこのノートは既に昨年春頃に買い込んであるんですが、中々手が出ませんでしたね。まあ、「葬儀」はどのようにして欲しかぐらいは書いておこうとは思いますね。何か真剣になる機会があったら、この問題について考えて見たいと思っています。

3分前  「風」 流れる  1969年 (昭和44年)
既にバックには、1969年 (昭和44年)にヒットしました、『はしだのりひことクライマックス』の「風」が流れています。この曲をジックリ聴きながらお別れしたいと思います
今日は、団塊世代の代表、富田正廣がFMポコのスタジオからお送りしました。それでは皆さん!また、また、2月の第一土曜日のこの時間にお耳にかかりたいと思います。それではこの週末を楽しく過ごしてください。さようなら




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