驕り、高ぶりはよそうよ

2000.9


 “ハザマ、福田組と提携交渉”という盆前の新聞報道に「ついに現実か・・・」といつしか現実化していく巷の噂に恐ろしさを感じた。一昨年(1999年冬)、新潟で開かれたあるセミナーで地元の有力県議がハザマの将来をはっきりと予測していた。それもそのはず、提携先が本社を新潟市に置く福田組であればなおさらのこと。その県議が400人を越す聴衆者を前に軽々しくハザマの将来を断言することなどあり得ない。

 現在、再建をめざす中央ゼネコンは数えきれない。200円を割った株など紙切れ同然だ。20世紀最後の年はハザマを含む“危ない中堅ゼネコン”の人為的淘汰が一段と進むはずだ。大手、大手ともてはやされた時代は完全に終わった。大手の“驕り、高ぶり”もいくらか陰を潜め下請け業者からの“呆れた話”もだいぶ聞かなくなった。以前はこんなこともあった。親戚が新築披露をしたいとの案内状が届いた。親戚縁者だけかと思いきや、なんと工事を手がけた下請業者までも招かれていた。顔見知りの顔もあって声をかけた。「いや参ったよ。ご祝儀の額まで決められたほかに、二次会の席も段取れの話なんだよ。あの所長にはいつも参ってるよ」と言うのである。その話にはこっちも恐縮し、さすがに親戚とは言え二次会の席は遠慮した。会社が驕り高ぶれは社員もまた真似をするのは当たり前だ。

 ある大手の大きな現場の所長は工事が終わるまでに一軒の家を建ててしまったと言う話しだ。請求書を出してもなしのつぶて、現場が終わる頃には転勤の話で、請求書はただの紙切れになったという笑えない話もある。こんな例はあげたら切りがない話ばかりだが、中には懇切丁寧に現場で指導してくれた所長もいたという話も聞くが、下請けから見れば悪行の数々としか言いようのない“驕り、高ぶり”である。
 また、その大手ゼネコンの上に銀行という巨大組織があぐらをかき、さらに国会議員らが、もっと派手に驕り高ぶっているのだ。いつもその犠牲になるのは地元の零細企業にほかならない。下請けは“受け負け”だと人は言う。いつも下になって虐められてきた。そんな人たちが“ハザマ、福田組と提携交渉”という記事を読んでどんな気持ちだろうか。債権放棄、債権免除、業務提携という文字が躍り上がるなかで、同業他社との合併や提携が、銀行主導で進んでいけば、取引業者や下請け業者も安穏とはしていられない。

 すでにスーパーゼネコンは新しく進むべき道を模索し始まっている。公共工事の入札・落札だけに頼らないPFIの導入もその一つだ。技術力、資金力、組織力などを生かし独自の提案を創り出すものだ。また下請業者の選定にもこれまでの馴れ合いから専門職の高い技術力を導入するためにインターネットで全国から優秀な下請けを募集する大手業者もある。

 大手業者とは言え、技術力や資本力のない企業の淘汰は自然的だけではなく、人為的にも行われていくだろう。独自性を全面的に打ち出せる経営戦略ができる企業は大小を問わず生き残れるはずだ。なによりも“驕り、高ぶる”ような経営者や幹部社員など大手、地元を問わず21世紀に生き残ってほしくないものだ。(2000.9)