がんばれ建設業!

2001.4


 『「談合」の情報が頻繁に飛び交う郡山の建設業界にまた新たな問題が浮上した。』との書き出しで始まった建設メディア「MEDIA」の第1回目のメディアフォーラムの書き出し。見出しは・わからない街・と題して郡山市長選をめぐって建設業界が真っ二つに分かれて戦い、その後遺症で揺れ動いた様子を書いたものだ。これまでの負け組が勝ち組に回った1995年7月15日の様子を克明に創刊2号で取り上げた。当時の勝ち組が力で結成した「郡山地区建設業組合」の設立ではあったが、いつしか存在しない組合として消えていった。

 だが、建設業者の総本山とも言うべき「郡山建設業親和会」は当時の勝ち組も負け組もその存在を高く評価し、現在は来る4月8日の市長選に一枚岩となって現市長を支援する体制だ。8年ごとに選挙の度に勝ち組と負け組が逆転した郡山市の建設業界。対立構図も事実上消え失せ、6年の歳月がこんなにも変わったのは予想外である。
 たった6年で、なぜこんなに変わったのか。
 第1に自民党という傘下で根本-佐藤-藤森体制が万全と整い、議会はオール与党化したことにある。
 第2に入札制度改革が進み「談合」がどんな理由であれ正当化されない時代になった。“地域振興”や“雇用確保”などの大義名分で「必要悪」を論ずる環境ではない。
 第3に弁護士を中心とした市民オンブズマンの台頭だ。公共工事の“ムダ”や“談合”を徹底的に追及する姿勢だ。長野では「脱ダム宣言」の田中知事が市民の高い支持率を得て、前建設省出身の土木部長を更迭したことで、もはや・役人天国・は崩壊した。国土交通省は前建設相の談合問題を契機に自らの手足をも縛ばる入札契約制度の法制化に踏み出したのだ。
 第4に建設業界内部の変化である。協会や組合という護送船団方式に、もはや“おんぷにだっこ”ではいられない。国会議員も役人も首長も、そして数の頂点である会長や組合長だって当てにはならない。
 第5に会社内部の体質の変化であろう。公共工事に頼らず、地域住民に頼られる企業にしようという独自の取り組みである。それは民間工事への取り組みを始めISOの取得、PFIや経審への関心、さらに2004年をめざす建設CALS/EC導入に向けた迅速な対応である。

 自由競争は必ず弱者と強者を産み、弱者は淘汰され、強者は弱者を支配する。その中で生き抜く術は、優れた技術力と特価した商品力を持つことである。さらに少しでも多くの自己資本力を持つことである。国と銀行があなたの会社に“企業合併”を持ちかけたその時、会社の運命は決まる。21世紀を迎えたいま、公共工事の削減は止められない現象だ。崩壊は確実に内部からやって来る。いま建設業を守れるのはガッツある経営以外にない。がんばれ建設業!(2001.4)