建築家は誇りと夢を与えよ!

            主幹 富田正廣


 郡山市郊外の国道4号線沿いに昨年家を新築した知人がいる。どうも家の廻りで困っているという。早速知り合いの業者さんと「お宅拝見」となった。知人宅は田畑の広がるいわゆる田園地帯の一角にあった。農家が農業に見切りを付けて土地を手放した所だとすぐ分かるように、所々に野菜畑が広がりその間にモダンな家が建ち並んでいる。知人の奥さん曰く。「雨が降ると天気の良い日が続いても、4〜5日は家の廻りが乾かない」という。実際にそこは南側だというのに、境界ブロックに沿ってコケが生えている。東側、北側の裏手も水の流れる傾斜に沿ってうっすらとコケが生えていた。

 知り合いの業者はつかさず「これは暗渠排水をしないとダメですね」と首を傾げた。事実、南側だというのに庭には到底できない状態である。ここまで言えば、もうご存じだろうが、以前は「田んぼ」だった場所である。もっと驚いたのは、水ハケが悪いというのに玄関前はコンクリートで固められ、水の流れを堰き止めている。まさにこれはプール状態という感じだ。この家の設計者は一年前に独立し自らも建築に携わったという。素人が見てもこんなヘマはしないだろうと思うが、仕事の忙しさの余り任せっぱなしだったと施主である彼も反省しきりだ。

 予算がなかったからやらなかったのか、それとも手抜きかは定かではない。設計士であるなら家の廻りにも気遣いが欲しいものだ。家づくりは「家」で終わるのではない。その家で家族が一家団らんするには「庭」もひとつの家なのだ。その基本である家廻りがこんな状態で引き渡されたら本当の意味の「家」は成り立たない。「家」と「庭」があってこそ「家庭」がありそこに家族の団らんがあるのだ。

 住宅産業はクレーム産業だ!」と言ってはばからない業者もいる。「クレームが付くのは当たり前」という考え方がまだ設計士や業者にあるなら大変な勘違いだ。自動車に欠陥が見つかったら即座に無償で直すが当たり前の自動車業界。家本体が車のボディーなら庭はタイヤのようなもの、タイヤがなければ車とは言えない。
 クレームが付くのは設計士の責任でもある。いまや業者の傘下に収まるのが当たり前と言わんばかりに業者の言いなりだ。建築士としてのプライドはどこに捨てたのか、分からない輩が多すぎる。昨年当たりから一級建築士の合格者が大幅に減ってきた。20年先には本来の建築士としてのプライドが復活する気運だ。

 先日、東部ニュータウンに地元の建築家6人がそれぞれ設計提案し11区画に考え方を競うという福島では新しい試みで家を考えるという企画を発表した。「地元にいるからこそ、地元にあった家づくりができる」とその中のひとり、飛木佳奈さん。頂いたメールに建築家としての誇りと夢が詰まっていた。(2002.10.20)