大人の責任の範囲

            主幹 富田正廣


 「どうしようもないなァー」これが偽らざる感想だ。21日の朝刊に「来春卒業予定県内高校生、就職内定37.2%」の記事に不安を抱いた。バブル崩壊が表面 化し始めた平成2年あたりから徐々に日本は歯車が狂ってきた。「もう今年がどん底だろう」と思うが、年が明ければ、またその下にもどん底があるというのが現実だ。高校生本人、そしてその親もこの現実には頭が痛い。

 同い年の息子を持つ我が身、他人事では済まされない。就職を希望する生徒数は毎年徐々に減少しているのに対し、求人数はその何倍もの勢いで減少を続け、とうとう昨年から就職を希望する生徒より仕事を与えてくれるはずの会社の数が下回った。これは将来の日本にとって異常事態だ。
 戦後生まれの我々が「金の卵」と、もてはやされた時代がウソのようだ。先生から「オイ!、どこにいくか決めたか」とせがまれ「じっくりと考えて決めます」と答えた。一人に対し求人先は4〜5社何というのは当たり前で、少しでも給料のいい所を選ぶという時代だった。「支度金支給」なんというのも選考の対象だったし、「初任給+手当てでいくらか」が決め手だった。まさに高度成長期の“茹でカエル”ならぬ “茹でタマゴ”のようなホンワカ人生を送った世代だ。

 だが35年経った現在、こんな最悪な現象を誰が予測しただろう。「会社崩壊」、「リストラ」、「学生の中退」、「就職難」と来れば、言わずとも息子が「世の中、こうなったら、好きなことして生きるほかないょ〜」との捨てゼリフだ。さらに夢を奪うのが混迷する社会情勢だ。最近、世界ではアフガン問題から始まり、テロ問題、イラク問題、イスラエル・パレスチナ問題、北朝鮮問題と悪化現象は歯止めが効かない。テレビをつければこうした暗いニュースが飛び込む。そんな恐ろしい出来事から目を背け、息抜きのバラエティー番組を見ていれば、親から「くだらないテレビばっか見てるな!」との罵声が飛ぶ。まったく17・18才の若者には何の明日があるのだろう。

 いま苦悩する若者に夢と希望を少しでも「与える」とすれば、状況が許す限り大人が1年でも2年でも早く、いまの居場所を若者に譲ることだ。それが日本の未来を背負う若者に就業のチャンスを与えることになるのだ。大人ひとり分で高校生2〜3人は将来が見えてくる。「退職したらボランティアで社会の役に立ちたい」と考えているなら、一歩踏み込んだ決断も社会への大きな貢献なのだ。

 建設業界もいま最悪のシナリオに向かって進んでいる。景気回復の兆しとなるべき公共事業も「地方単独事業3兆円の圧縮」という記事がこの日の一面 を飾っていた。来年から4年間で毎年5%削減し1990年当初の水準まで戻す政策だ。こうした事情を毎年、よく知るはずの県OBたちが第2の「再就職」探しに躍起になっている現実がある。県から退職金をがっぽりと貰っては外郭団体に再就職する。何の働きもなく2〜3年でまた2度目の退職金を手に、最後は顔の利く建設会社にお世話になるというシナリオだ。これらを一般 人や高校生達が聞いたらどう思うかである。

 自分の立場でいかに将来ある若者を活かし育てるかは、立場はどうであれ大人としての責任の範囲ではーと思うのだが。余談だが我々の「50代半ば」が、高校を卒業する頃になると学園ソング、青春歌を唱って社会に巣立っていった。もう一度、いまの若者に夢と希望が抱ける「歌」を取り戻してやろうではないか。(写 真は民報11月21日付)
                            (2002.11.25)