ご“長寿”たち。いい加減にしなさい!

            主幹 富田正廣


 このところ、恥を知らぬ“ご長寿”が多いのに驚く。ご長寿とい言っても、これまで国をリードしてきた権力者達である。「権力」の魔力と魅力に溺れ“引き際”を見失ってしまったご長寿たち。日本の大改革であった国鉄の民営化を成し遂げた中曽根元首相の引き際の悪さには恐れ入った。「もっとパッチをつけていたいし、権力の傘下で人にチヤホヤされたい!」そんな下心が見え々である。何が「テロにあったようなモノ」だ。ちょっと救われたのが宮澤元首相だろう。当初は下心見え々だったが、辛うじて現総理に「恥を掻かせられない」とあっさり身を引いた。人生残り少ないのだから、泥臭い『政治』以外にも人生楽しいことがあることを見つけて暮らしてみたら。

 その引き際の悪さが目に余るのは何と言っても、藤井日本道路公団総裁だ。「権力」を我が物顔に振る舞う仕草はただのご老人ではなかった。権力に“おんぶにだっこ”の一生で、得たモノとは、人に笑われ侮られた“屈辱”にほかならないだろう。孫のような石原大臣に10月24日には、「重要な時期における日本道路公団の総裁としては、適格性を欠いており日本道路公団法第13条第2項本文に規定するところの、『その他役員たるに適しないと認めるとき』に該当すると判断した」され即、解任となった。それでもまだ悪態をつき、権力にぶら下がるあの“にやけた顔”はもうたくさん。

 同じ10月に弁護士を廃業した中坊公平弁護士は、最後まですごかった。部下の不祥事は、自分の責任とあっさり弁護士まで廃業した。“巨悪は眠らせない”という固い決意が裏目にでた結果だろうが、現代版“大岡越前守”はもう現れないような気がする。10日の会見で中坊弁護士は「厳しい回収姿勢を求めた私の責任だ」と弁護士資格を返上し弁護士活動46年に終始符を打った。その“潔し”は中曽根元首相をはじめ政治の世界に生きる人間には「手本」にして欲しいものだ。また同様に官僚は「官僚」に驕ることがあってはならない。国民の奉仕者であるという自覚があれば、己の引き際を心得るべし。

 日本シリーズはダイエーの優勝で終わった。後にも先にも阪神の星野監督の男らしさが売りだった。そして巨人の原監督の辞任会見は、アンチ巨人でも「立派だぞ!」と画面に向かって誉めた。老獪な政治家には爪の垢でも煎じて飲ませたい心境である。「すべては私の責任」と誰を攻めることもなく球界を去ったが、10年後にはそれこそ権力の魔力に染まりきった権力者「ワタツネ」をギャフンと言わせる男として復帰するだろう。権力者よ、「もう自分の時代は終わった」と自他共に認めたら、潔くその場を去ることだ。「醜い老人になったナ〜」と言われる前に。(2003・10・31)