“寿命30年”を経て思うこと。

            主幹 富田正廣


  県内の新聞人が集う『福島ペンクラブ五月会』という会があることを耳にした読者も多いかと思う。メンバーは地元紙の福島民報、福島民友新聞をはじめ、中央紙の県内支局で活躍された100名近い方々が名を連ねる。現役時代は抜きつ、抜かれずでライバル心を燃やした“敵陣”も、一歩退けば今日の“友”として親交を深める姿は、回を重ねるたびにうらやましい光景が繰り広げられている。諸先輩に学ぶことの多さと、新聞に対する思い入れは並大抵のものではないことを思い知らされている。

 当会に“業界紙出”の小生がはじめて入会できたのも、会長を務める星一男氏(元福島民報専務取締役・編集局長)らの推薦があったお陰である。入会2年目となるが、当クラブは創立以来27年目となり、この5月には創刊25周年を迎える「福島新聞人OB文集」も装いを新たに、『福島マスコミ人OB文集』として発行される。会長や事務局長である二階堂一雄氏(元福島民報理事・企画事業局長、仙台支店長)らに、「記念号だから富田さんも一筆どう?」という言葉に乗って投稿した次第である。諸先輩にはまったく生意気な文章を書き、発刊後に非難を浴びることを覚悟しねばーと思っている。その非難を和らげる意味でも、早々にこのコラムで一部を紹介するが、それ以上に非難があれば元も子もない話しである。
 だが、5月発刊の『福島マスコミ人OB文集』は、新聞に生きた諸先輩の「新聞人の学ぶべき姿」がそこにあります。ぜひ一読あれ!
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投稿・寿命30年を経て思うことより》
(前文略)
・・・・業界は業界なりにおもしろく、業界紙から業界誌までいろいろ経験した30年間は「楽しかった」の一言に尽きます。(中略)「そんな会社なぜ辞めたの?」と不思議がる人が多いのですが、理由はたくさんあるのです。
 一つに、30年という年月はすべてにおいて、“寿命”だと思うのです。いっとき、「会社の寿命」という本が昭和末期に日本経済新聞社から発刊され話題となりました。巻頭にあった「事業の種まき、育て、経営の体質改善は盛りを過ぎてからは遅すぎる」「従業員の平均年齢30歳、本業比率70%を超える企業は現在、業績が良くても衰退期を迎える危険が大きいという法則がある」という言葉に感動し、経営会議や営業会議だけでなく、記事を書くにも影響を与えたものでした。それと同時に“会社における人間の寿命”も本来は30年が限度だと考えるようになりました。

 昭和58年当時でさえ、本田技研工業の川島喜好社長は55歳、小林隆幸常務は51歳前後でさっさと退いています。さらにヒラ取締役は在任10年で“自ら”退いています。小生も役員10年で退いていますから、早いというほどではなかったと思っています。仕事というものは、外に向かう“がむしゃらさ”がなくなり、社内で“自己保身”に神経を磨り減らす毎日になったら、一刻も早く会社から身を引くべきだという主張はいまでも変わっていません。社員ならずとも、経営者や経営陣はなおさら、「自己保身」と「名誉欲」は禁物です。男なら『引き際の美学』を忘れてはいけないのですね。

 二つに、新聞事業に対する未来です。あっという間にインターネットやケータイが普及して、「情報をいち早く提供する」という“新聞の使命”が揺らぎだしてきたことです。それに対してなぜか新聞社のトップはおおらかに構えているという気がしてなりません。「新聞社のインターネット参入は、自分の首を真綿で絞めるようなもの」と、やけどを恐れて“お触り程度”としか考えていないのではないかと疑っています。新聞は永遠に旧メディアのトップには君臨するのでしようが、新メディアのトップの座はインターネットかケータイそれともハイビジョンテレビのいずれかだと考えています。
 ひとつを捉えて考えてみますと、一般紙では“記者会見資料”で紙面の何十%を埋めているでしょうし、建設関係の業界紙は“入札の予報・結果”で紙面の25%以上を埋め尽くしています。今後、公官庁や発注機関がすべてを平等にホームページ上、インターネットライブ(生中継)で公開することが義務付けられたら新聞の「速報性」は完全に失われます。将来は「双方向性」を駆使したインターネット新聞、マルチメディア新聞なるものが大資本を筆頭にマスコミ業界に殴り込んで来ることが考えられます。

(中略)旧メディアがすぐに衰退するとも考えられませんが、速報性は情報の基本です。それを失ったとき一般紙も業界紙も役所の「広報誌」か「回覧板」「地区だより」に成り下がる危険性を含んでいます。本来、記者は“何を取材"すべきかであり、編集者は“何を売り物”にするのかを見定めないと、時代は猛スピードで変化している時代なのに、「自己保身」と「名誉欲」にしがみつき、居座り続けるトップ達の“いい食い物”にされるとは考えられないでしょうか。
(中略)
 「会社の寿命」、「会社における人間の寿命」、どちらも30年説は変化の激しい時代だからこそ定説でいいのではないでしようか。(中略)資本体制、環境からも何の問題もないのに、新聞経営の未来像が描けない経営では、社員は日増しに不安を募らせるでしょう。日本経済新聞社は20数年前からすでに、「新聞もつくれる新聞社」をめざしていると聞きます。まさに本業比率70%を超える企業は、衰退期を迎える法則に叶っていると言わざるを得ません。
(後文略)(2004.4.6)