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主幹 富田正廣

特定の人たちに牛耳られない行政執行を!

 郡山市長選は原正夫氏の当選で決まった。原陣営は読み通り7万票を確保したが、対抗馬の佐藤(憲)陣営は目標の票数には及ばなかった。さらに増子輝彦議員が率いる諸橋陣営は票が伸びきれずに大敗した。佐藤(克)陣営の得票数もはるかに予想を下回った結果と読むが、戦い終わってそれぞれの陣営はどのような分析をしたか気になるところだ。建設業界も大方が原と佐藤(憲)陣営に割れて戦ったが、いつもの選挙とはちょっと違ったようだ。どうも指揮官同士では「一致団結」の構図が出来あがっていたようだ。過去の市長選では常に死ぬか生きるかの戦いを演じ、負ければ最低4年間、最高8年間は公共工事から遠のくのが当たり前である。じっと冬眠状態が続き、中にはそのまま餓死する者もあった。今回の選挙結果は市発注工事の今後の「指名」でハッキリと分かるだろう。

 以前のように公共工事全盛の頃とは訳が違う。互いにこの不況化を乗り越えようという一致団結なら大いに歓迎したい。県議時代(1997年)の原氏の講話を聴く小生らだが、選挙のたびに指名業者が膨れあがるのも郡山市の特徴である。そのために篩(ふるい)にかけ揺さぶり落とすことも起きてくる。負け組みの将来は勝ち組みの篩のかけ方に委ねられるが、これまでの選挙の構図が今回も持ち込まれるなら、餓死者は後を絶たない。地元政財界の大物が三方に分かれた今回の選挙は別な意味でも、これまでの図式を塗り替えていくことになる。郡山市役所はすでに大物財界人に包囲網が敷かれたという声もある。

 いずれにせよ、地元新聞社が行った世論調査を見ても、医療・福祉の充実と景気対策をあげた市民が約60%あったのに対し、社会資本の整備を求める市民は7%弱であることからも公共事業が復活する兆しは見えない。それでも原新市長は中心市街地の活性化や開成山球場の改修を始め、音楽堂の整備等を積極的に進めると公約した。経済県都と呼ばれる郡山市だが、高橋堯市長時代の「50万都市構想」からすでに20年以上の歳月が流れる。いまこそ、合併も含めた新50万都市構想の実現に新市長の「手腕」を期待したい。

 昔の話しだが、仕事仲間の交流会を通して、県会議員時代の若き原氏の話しを聴く機会を得たが、温厚で真面目な性格は市長になっても変わることはないだろう。市政の“前例主義”を排除することは大いに賛成だが、特定の人たちに牛耳られる行政の執行だけはご勘弁を。(05.4.12)


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