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福島市からまた、歴史が消えた!
P戸市長は本気で文化財部を設置せよ!
主幹 富田正廣


 福島市からまたひとつ、歴史的建造物が消えた。北町の名倉屋材木店である。明治20年から40年代に建築された福島市内でも貴重な文化遺産である。福島商工会議所は平成16年に、「明治時代からの歴史的建造物も数多く存在するこうした地域の資源を活用した再整備が求められている」として『テルサ通り商店街拠点整備計画策定事業』(=写真)を推し進めていたはずだが、いったいあの計画は何だったのかと憤怒する限りだ。ただ国からの助成金や補助金欲しさのまやかしか。



 北町には戊辰戦争にゆかりのある場所が多く点在する。名倉屋材木店の東側隣には木戸孝允が宿泊した旅籠「浅草屋」(現在の明治病院)、そして戊辰戦争の奥羽越列藩同盟結成のきっかけとなり世良修蔵暗殺事件の舞台である「金沢屋」(現在の日産自動車販売)、「各自軒」(紅葉館・現在のもみじガレージ)、そして4号線を跨ぐと奥羽越列藩同盟の要である仙台藩軍事局が置かれ、明治では自由民権運動の舞台となる「長楽寺」、長州藩士・世良修蔵が仙台藩士や福島藩士らによって斬首された福島教育会館に隣接する「阿武隈川畔」など歴史を紐解けば、まさに町北や北裡(きたうら)通りは、幕末や明治の歴史に欠かせない舞台のである。そうした一角に120年もの歴史を見てきた「名倉屋材木店」がこの7月にいとも簡単に取り壊されてしまったのである。

 福島市には「歴史がない」のではない。あっても歴史を葬ってしまう市政が続いているだけである。歴史的遺産である建造物や遺跡は一度壊したら元には戻らないのである。そんな分かり切ったことさえ福島市は気づかないのである。国には文化庁、福島県には文化財グループがあるが、福島市は文化財を専門に担当する部や課は無く、辛うじてやっているのが観光課である。こんな行政執行状態だから、健全な文化財の保護など出来はしない。

 文化財は長年にわたって取り組むことが前提である。観光課の職員が人事異動でコロコロ変わるような行政で健全な文化財の保護やマチ並みなど構築できるはずがない。担当者が変わるたびに「オレはこんな風にやりたいな?」など語って、簡単に計画の変更や予算の変更などあってはならない。



 福島市は今、再生事業で飯坂温泉地域に取り組み、「堀切邸復元工事」も間もなく本格的な工事に入るはずだ。技術力や知識力などに乏しい職員は、京都なら“一見さんお断り”である。歴史建造物の保護は、専門家が長期に渡って取り組んでこそ、始めて実るナガイ、ナガイ話しなのである。P戸市長も「わいわい夢会議」も良いが、本気で「文化財部」を設置して、本気で取り組まないとあなたの時代で、福島市の重要な歴史が消えてしまいますぞ。(08.8.26)

■『テルサ通り商店街拠点整備計画策定事業』
http://www.utsukushima.net/shougyo/h16/jirei3/16-9.pdf



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