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人を“集める”人、人が「集まる」人。
主幹 富田正廣


 人には、ポンプで水を汲み上げるように人を“集める人”があれば、湧き出る水のように人が“集まる人”もいる。先日亡くなった福島市の行政書士である小川静子さんは後者だった。葬儀にはホールに入りきれずに廊下や階段までもが人で溢れた。特別、華美な葬儀でもなくいつしか2時間が流れた。生前親しかった人々5人が弔辞を述べた。

 特に50歳を過ぎてから通った福島大学夜間コースでは、自分の子供らと同年代の学生に混じって勉学に励み「重症筋無力症」という難病とも闘いながら8年かけて卒業したその数日後に入院し、そのままかえらぬ人となった小川さんの学生生活を振り返って岩見准教授は、「建設業界について一生懸命、学生達に説いていた姿がとても印象に残っています」と語りかけた。そして葬儀委員長を務めた平井義郎氏は「小川さんが本当に男だったら、きっと全国に名を馳せた人になっていたと思います」と葬儀の最後を締めた。

 多くの人々に惜しまれながら、“志半ば”で天へ旅立った小川さんの冥福を祈らずにはいられない。葬儀引き物の会葬お礼にはお母さんの言葉が胸を打った。「行政書士の資格を取得し、事務所を開いた娘は、困っている方のお役に立ちたい一心で頑張ってきました。社交的な人柄と世話好きな性分が相まって、丁重に対応していた姿が浮かびます。皆様との良きご縁に恵まれ、娘の人生は彩り豊かなものとなりました。ここに改めて娘の歩みを支えた下さったすべての皆さまへ、厚く御礼申し上げます」という言葉が刻まれていた。そして「4月12日、見守る家族に別れを惜しみながら満60歳の生涯をとじました。重症筋無力症という難病を抱えてからも、何事にも全力で取り組み、最善を尽くす娘の姿勢は変わりませんでした。早すぎる別れが悔やまれてなりませんが、これまで頑張ってきた娘の労を言葉で見送ります」と続き、母親の優しさと虚しさがこみ上げてくる。

 葬儀を終えた翌日、事務所から「これからも継続して参ります」というファックスが入った。小川さんのこれまでの業績を受け継ぐスタッフにとって、厳しい現実が立ち塞がるかも知れない。弱い人の味方になって、トコトン行政と闘い続けた姿勢は受け継いで欲しい。葬儀の帰り道に知り合いの工務店社長と一緒になった。「オレはたった一度しか、お世話にならなかったが、一生懸命に行政にかけ合ってくれたのが嬉しかった。こんな人は中々いないよ」と言ったその一言に小川静子さんのすべてを物語っていたように思う。弱い立場の建設業者のためにも小川さんのような勇猛果敢な行政書士が現れてくれることを願わずにはいられない。(10.4.16)




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