いまどきの世相

寄らしむべし、知らしむべからず

   星 一男
元 福島民報社専務取締役 郡山総支社長


 今は、マシンガンどころかピンポイント爆撃での戦争の時代だが、そこでピストルで戦っている法律がある、と聞いたらどう思うだろうか。大抵の人々は「そんなバカな」と、一笑に付すに違いない。ところが、有るのである。しかも現在も、その適用を受けているレッキとした業界があるのだ。その法律の名は医療法。その第69条、70条と、これに関連する政令。適用されているのは医療界である。

 69条、70条というのは、病院広告に関する条項である。昭和23年に制定されたこの法律は、終戦直後の大混乱の中で横行していた悪徳医者や嘘の宣伝を取り締まるのが目的だった。「医療は直接、健康や命に関わる」という心配からと「医学は専門的な用語が多く、素人には広告だけではサービスの質の判断ができない」という〃親心〃からきている。つまりは「患者保護」という名目で情報を隠させてきたわけだ。

 二つの条文を平たく言えば「病院・医院・診療所が行う広告は、医療機関名、住所、電話番号、院長名、診療科目、診療時間、入院設備の有無、駐車場の有無、など表面的な内容以外は〃広告してはならない〃」というものだ。〃頭のことなら○○病院ヘ〃とか〃糖尿病なら、たちどころに良くなる△△病院にどうぞ〃などというコピーを使おうものなら、たちまち保健所からお咎めを受けてしまう。悪くすると保険医の許可を取り消されて死活問題になりかねない。新間やテレビの病院広告が無愛想で無味乾燥なのは、このせいなのだ。映画「第三の男」が終戦直後のウィーンを舞台に水で薄めたペニシリンを密売、人々を悲惨な結末に追いやった男の追跡物語であったように、確がに当時は有効な条文だったかも知れない。  でも、21世紀までカウントダウンの今、世の中は情報、情報の大洪水の中に置かれている。森首相がIT革命の推進を声高に騒ぎ立てるものだがら、〃パソコンを使えない人は人にあらず〃みたいな風潮まで現れる時代である。こんな中で医療法は役所の頑迷固陋な態度のまま、生き続けてきた。
 しかし、市民の方は、とっくに有り余る情報を選ぴ始めたのである。ことここに及んで政府の規制緩和委員会も病院広告について「原則自由化」を提言し、厚生省がやっと重い腰を上げて医療法改正に踏み切った。いまの臨時国会に改正案を上程。11月l目、衆議院を通過した。ところが、その改定案の内容たるや、とても「原則自由化」どころではなく、依然、「原則禁止」の色が濃く残っている始末だ。なんたる官僚の頑迷さ。「これからは患者が病院や医師を選ぶ時代」などと、お題目は立派だが、これじ−やあ選ぶための情報は国民の手にはまだ程遠い。この点を毎日新聞は、9月16日付社説「選ぶために、もっと情報を」で取り上げた。この中で「患者はだまされやすい、という前提を捨て、様々な情報の入手をし易くし、選択させる時代に入ったと考えよ」と指摘した。全く同感だ。それで当たり前の社会なのだ。

 …ということは、日本は、こと医療法に関する限り、50年以上も「寄らしむべし、知らしむべからず」の封建時代そのままの社会で来た、ということになる。いやはや「21世紀の医療目指す」のキャッチ・フレーズがしくしく泣いている。 (2000.12)