いまどきの世相

炭焼き小屋が現実に?

   星 一男
元 福島民報社専務取締役 郡山総支社長


 派手なカウントダウンの末に迎える2001年。いよいよ世紀が改まって21世紀に入ろうとしている。私は意外にへソ曲がり的な所があつて、マスコミにいた割りには、人が浮がれる場面を冷ややかに見下ろすクセがある。若いころ、花見だのお祭りだの海水浴だのと、人がみんなで楽しんでいる時に取材で駆け回らされた反動なのが。21世紀を迎える大仰な騒ぎに「なんぼ、はしやいだって2000年12月31日23時59分59秒と2001年1月1日0分01秒の間にカベが有る訳じやあるまいし…。時間が永遠に流れているだけ」と考えてしまいがちなのだ。元旦になっても21世紀の空の色も空気も地面も何一つ変わっちやいない。要は永久に続く時の流れを、季節の移り変わりに理論付けして暦を作り出し、それを節目にして生活し易くする人間のチエなのだ。

 …とヒネクレてはみたものの、世の中やっぱり変わった。その一つがBSデジタル放送のスタートだ。自分から公共放送だ、などと言っているにしてはNHKのバンセン(自社番組宣伝)のすさまじさは、どうだ。昨秋いらい「見ごたえ主義」をなに程聞かされたものか。これで人は鵜香みにしてチューナ−買いに走りまわって品不足が現 出した。そして12月1日大騒ぎしてNHKはじめキー局8社(なんでも〃新時代の八人の待〃というのだそうだが)がBSデジタル放送を開始した。新聞にはこの番組表が1ページ加わった。
 でも、本来、BSデジタル放送は100チャンネルぐらいが可能なシステムのはずだ。なのに今回の放送はNHKと民間BS放送局として免許をうけた8社で合わせて10チヤンネルだけ。どうしても、これが中途半端に見えてしょうがないのである。最初に述べた私の〃ヘソ曲がり傍観主義〃のせいか、と思って黙っていたのだが、やつばり!。

 届いた■「選択」12月号に「BSに踊る阿呆‐地上波の寡占温存で中途半端」という記事が出ていた。内容を詳述するスペースはないので省略するが、これまでの地上波、つまりアナログのキー局5社をそのままにしての今回のBSスタートは中途半端もいいところだ、と一刀両断している。その言外に「ただのお祭り騒ぎで視聴者がついてくる、と思ったら甘すぎる」と、早くも息切れを予潮し、既存テレビ局と新聞社が結託して既得権を譲らない現状をも喝破している。

 この騒ぎの中で本県のテレビ4局はどうするのだろうか。こっちも「バスに乗り遅れたら死活問題」と目下、アナログの機械をデジタル化するのに懸命だ。基テレビ局の場合、全部デジタル化するのに、なんと同社の営業収人l年分に相当する費用がかかるんだそうな。これはオドロキだ。しかもBSとは放送衛星のことだから、空にあって、降り注ぐ電波は日本をスッポリ覆ってしまう。「BSが出来たら地方テレビ局は炭焼き小屋になる」と平成の初めに言われたのが、いま現実になりつつある。どうやらTV業界は私達シロウトが考えるより数十倍もきびしい競争の嵐の中に置かれたようである。(2001.1)