いまどきの世相

自己責任の時代ですよー

   星 一男
元 福島民報社専務取締役 郡山総支社長


 新年を迎えて以来、マスコミは新世紀を歌い上げる記事や企画で一杯だったが、少し考えて見ると、私のような平凡な人間にとっては大変な時代を迎えたように思えて仕方がないのだ。そのキーワードは「自己責任」である。2000年の沖縄サミットで森首相がIT革命を叫んで、自らマウスを操作するテレビコマーシヤルに出演するはしやぎ様のせいばかりでなく、既に我が国はデジタル時代に入っていた。
 iモードが流行り〃ITやれぬ者は人にあらず〃(デジタルデバイド)が社会用語に登場、一億総IT・総ケイタイの様相を呈していた。銀行も会社も役所も病院もIT無しでは夜も日も明けぬ世の中だ。

 別な言い方をすれば、あきれる程の情報の大洪水である。そこで、だ。この情報浜水の中で自分に役立つ情報、私財を増やせる方法、老後に備える保険の最も有利な選択、といったことは、全て自分で選ばなければならない仕儀となった。預貯金や保険の選択には今後、自己責任が問われる時代となったのである。かつて、銀行利子は年利6%の時代が長く続き、第一線を退いた老人たちは退職金を預け入れ、その利子と恩給ないし年金で悠々自適、せっせと趣味や旅行に時問を費やした。こんな時代がうらやましい、と思える現行の超低預金利率。やむなく高利回りの金融商品をあさり、チエをしぼる。うまくゆけば万々歳。しかしリスクも背中合わせ。失敗して老後の身で路頭に迷うケースも幾つか報道された。「自己責任」の四文字が重苦しい。
 金より大事なものといえば命、健康である。この健康も自己責任の時代に突入し始めているのだ。医療界では、かつては、来た患者に黙って治療し、黙って葉を飲ませて帰すという〃寄らしむべし、知らしむべからず〃のパターナリズム(父権主義)の医者がほとんどだった。黙って医者に身ぐるみ預けていた。治らずに命を落としても〃寿命だ〃で済まされた。いまの21世紀の世の中では、こんな医者ではたちまち倒産である。有り余る情報の流れは医療情報も同じ。しかも賢い患者は、なにせ自己の生命がかかっているだけに、自分の病状に合った良い病院、腕のいい医師を捜し求めて治療してもらう。これをやらずに行き当たりばったり方式で病院に飛び込んでは、治るものもダメにする比重は大きくなる。最悪の場合は命を失いかねない。ここに命をめぐる自己責任が出てくるのだ。

 とにかく超高齢社会。落とし太もいろいろある。医者がふんぞり返っている時代から、患者に選ばれる時代になった。その中で自己責住を意識しながら、うまい選択で切り抜けてゆこう。最後に浜田晋氏の『老いを生きる意味』の中の話を一つ紹介したい。ある日、入院していた85歳の老人の前に、若い白衣の〃どう見たって医者じやない〃男が突然現れ、あれこれ質問する。「今日は何月何日だとか、100引く7はいくつだ、とか立て続けに威張った口をききやがって。あっしは腹が立ったから、ず−っと黙ってたんだ。するとどうでえ、その男はあとで女一房を呼び付けやがって、〃相当ボケが進んでいる、もう治らねえ〃なんてぬかしやがったとさ。なんてえ野郎だ!」(2001.4)