時間の速さ遅さ


 この原稿がインターネットに載る頃は、既に2002年ワールドカップは華々しく開幕しているだろうが、これまでの準備は大変だったようだ。とうとう静岡県藤枝市ではW杯担当課長が自殺するという犠牲者まで出てしまった。恐らく仕事熱心で、キャンプ地に決めてくれたアフリカのセネガルと日本との感覚の差の大きさに潰されたのが原因らしい。もっと突き詰めると、セネガル人の持つ時間への感覚に、とても付いてゆけなかった点が挙げられるという。アフリカのもう一方の代表カメルーンの選手団も大分県中津江村を最後までやきもきさせた。5月19日にパリ経由でキャンプインする筈が21日までパリにいて、しかもどんな理由かも全然連絡なし。
 やっと23日に姿をみせたようだが、地元としては用意万端整えた分刻みの歓迎行事も地元高校生との親善試合も吹っ飛んだ。これもアフリカ人の時間の感覚がわれわれと全く異なるせいだ。でも、今回のこの“時間の差”騒ぎで大きな何かを一つ学んだような気がする。日本でも言われはじめた「スローライフ」「スロー・アンド・エンジョイ」の話と、なんか符号するように思えてきた。時計職人(こんな職業もあったネ)に言わせると「ゼンマイ式腕時計のゼンマイってやつは、ときどき緩めてやらなきゃダメなんだ。毎日張りっぱなしじゃー長持ちなんてしゃしない。人間だって同じだろ」となる。スピードと効率を追求する慌ただしい時代が続いている。これを見直そうという「スローライフ」が今、静かな注目を集めている。ただ単にゆっくり時間をかける、という方法論ではなくて、人生を楽しむ余裕を持ち生活の質を高めよう、という生き方の哲学である。

 日本は速さと効率の追求によって繁栄を手に入れたが、同時に心と身体、そして社会が蝕まれ“病める時代”に苦悶している今。より人間らしい「心の豊かさ」に価値観を転換することを、まず考えて見てはいかがかな。逆に仕事にも新発想が生まれるかも。  ゼンマイ時計は毎日少しずつ狂ってくる。でも、この“あいまいさ”こそ現代で必要なことなんだと、ちょとだけ立ち止まると、もう一つの風景が見えてくるだろう。そう言えば、スローフードなんて用語が叫ばれ始めている。ファーストフードに対する言葉として使われているようだが、これも同じ仲間である。セネガル(私の舟の意)やカメルーン(エビの多い川の意)に流れる河で、悠揚迫らない舟での生活に育ったサッカー選手には丸一日の遅れなど、いまの日本人にとっての五分の遅刻くらいにしか思わないんだろう。それを苦にして命を断った課長があわれだ。