球際に強くなる努力を


 プロ野球解説者がよく使う言葉に「球際に強い」とか「球際がダメな選手だ」といった表現がある。球際(たまぎわ)ってなんだろう。同じ内野ゴロを捕るにも、危なっかしい恰好ながら倒れ込んでボールをグラフで掴んでいる選手は球際に強い。逆に華麗なフォームで捕球しに行っても、あと一歩で届かずボールはスルリと外野に抜けてゆく選手は、球際に弱い選手ということだろう。同様にバッターでも、変化球に腰が引けながらもバットを出してポテンヒットにするしぶとさがあるか、素晴らしいスイングながら空を切ってしまうかの差のことだと思う。アウトにするかヒットになるかの差、得点が挙げられるかどうかの差は、これは大きい。

 同じことは企業でも通じることである。何回も会議を開いて頭脳を結集した上で事業を開始しても、門構えだけ守っていては一円の実入りも無い。企画を売り込んで成約出来ても、肝心の売掛金の回収の段階でおかしくなっては元も子も無くなる。むしろ一人で勝手にセールスして、きっちり売り上げを握って帰って来る方が企業にとって有り難いのは言うまでもない。企業も‘球際に強い会社’になるよう、一度みんなで考えてみるといいのじゃないかナ。セールス部門での球際って何か、を洗い出してみると良いかもネ。野球の場合の球際の善し悪しは、天性もあるが、結局は日頃の訓練がものをいうようである。われわれのゴルフコンペでも、あまり飛ばないのにスコアがいい人は、肝心かなめのパットは必ず入れる人だ。これも球際がいいと言ってよいのだろう。とかく、われわれのゴルフは飛ばすことばかりを追うが、やっぱり寄せワンだね。

で、最後に壮大な‘球際の悪さ’の話がある。十万人の人員と年間三兆円の予算を使いながらアメリカ合衆国の各情報機関は昨年9月11日の同時多発テロを予測出来なかった。事件発生直後にホワイトハウスの某高官が「アルカイダの仕業だ」と叫んだと言うし、たちまち十九人のハイジャック実行犯人を割り出したことから考えても、ボールの側までは走り寄っていたことは判る。でも球際が悪く、あと一歩でテロを予告出来なかった。魚を網に入れていながら掴み出せなかったCIAの担当者の無念さは判るが、ニューヨークのあの悪夢があったか未然に防いだか、の差は表現しようないほどの大きさだろう。(2002.6.30)