アンビリバブル東京電力



 企業の問題隠しは東京電力の原子力発電所でのトラブル隠しで極まった。このニュースを聞きながら、20年前のことを思い出した。昭和57年6月に盛岡一大宮間で開通 した東北新幹線は、初めはその速さで大好評だったが、大宮から都内に向かう連絡網が次第に重荷になり、上野駅まで延長させる運動が盛り上がった。ところが時の美濃部東京都知事は「北区の住民が反対しているから都内は通 せない」と延長に反対の態度をとった。

 これに東北の住民が猛反発していた。そこでフジテレビ系列の仙台放送が福島民報、河北新報、岩手日報、それに埼玉 新聞の編集局長を招いてテレビ座談会を開催、3県で放映した。これに私も出演した。司会は元NHKの有名アナウンサーの八木さんだった。私が主張したのは、東北が如何に東京の存在に役立っているか、を列挙「その恩恵も忘れ、東北からの新幹線はお断り、とは何事か。東京は都民だけの街ではない。我々日本人の都だ。美濃部さんは99人が賛成しても1人のエゴからの反対があれば橋は懸けないのか。そんな都政なら、われわれも食料、電気、労働力など全部、東京へはストップだ」と発言した。特に、電力県と言われる福島県の電力は大半が東京電力によって都内に送られ、県民の消費電力(東北電力)は他県からの移入県である実態を説明したら八木アナウンサーがびっくりした。

 ことほど左様に、明治の初めから福島県の水資源のほとんどは東電が水利権を握っている。”福島の瞳”猪苗代湖がその代表だ。佐藤善一郎知事、木村守江知事の時代になると”本県のチベット”といわれた双葉郡の開発のため電源開発に力を尽くし、今日の原発銀座が出来上がった。全部が東電で、東北電力は二歩も三歩も立ち遅れた。そこからの電力はすべて東京にゆく。これがストップしたら都内は停電の連続だろう。その原発が立地いらい30年を過ぎて、当時のハツラツした開発の意気込みは失われた。

 いま佐藤県政は核燃料税をめぐって東電とケンカしている。東電を支援する日本経済界を向こうに回して大丈夫なのかいナ”と心配していたら、相手の方がこけてしまった。今や東京電力に残ったのは地元民を騙し続ける「奢り」と「隠し」の企業体質だけとは、日本を代表する名門企業の名がオイオイ泣いている。(2002.9.25)