「天上がり」って何?


 どうも我が国は昔から‘右ならえ’が好きな国のようで、先の太平洋戦争も右ならえの全体主義が国を滅ぼした。そして今、国内では「民間人を官に導入して、そのノウハウで活力を」という手法が盛んに行われている。4月に発足した日本郵政公社総裁に商船三井の生田正治会長を就任させ、これまで官僚にとっては“おいしい天下りポスト”の中小企業金融公庫総裁も水口弘一という元野村証券副社長がなった。問題の多かった外務省では軍縮大使に学者の猪口邦子さん、報道官にNHKキャスター高島肇氏が当てられた。県内でも県立高校2校の校長に民間人が就任して話題となった。
 こういう手法を「天上がり」と呼ぶ評論家が現れ始めた。つまり民が官に天上る、と揶揄(やゆ)しての造語らしい。言わすと知れた「天下り」に対比する発想なのだろう。流行語大賞になるかもしれない面白い言葉だ。でもその効果となると、首を傾げたくなるのが実情ではないか。どうも官僚のココロは年々強まる官庁への風当たりを避けるため民間人を、それこそ‘人間の盾’にして官益を守ろうとしているフシがありありなのだ。そうでなければ、明治・大正・昭和そして平成と、身内でスクラムを組んで官益を守ることに、あれほど固執してきた官僚がアッサリ民間に明け渡すなんて、到底信ずることは出来ない。外務省などは「民間の血をいれて出直します」というのは口先ばかり。猪口、高島両氏はじめいろんなポストに就いた民間人が改革の旗手となって働きまくっている、という話はどこからも伝わって来ないのだ。私もマスコミOBとして高島氏の活躍に少しばかり期待したのだが、やっぱり外務省のワクの中に閉じ込められているようで、ほとんど消息は聞かない。

 広島県尾道市の小学校に民間人校長として着任した元銀行員が2年で自殺した事件は誠に痛ましい出来事だった。悪意は無かったにせよ、市教委は「民間人のお手並み拝見」というスタンスがありありだ。教員免許証も持たずに、たった2カ月の研修だけで大規模校にやったあたりに意地悪さが見え隠れする。現実は「民間のノウハウがそのまま、どんな所でも通ずる」という考え方が甘すぎる、と思う。でも世の中は“右ならえ”。県内市町村でも教育長を公募したり三役に民間人を登用したりしているが、どこまで効果を上げているか、はなはだ疑問だ。M町の公募教育長は出勤するのにジーパン姿で来る、という話だ。心得違いも甚だしい。‘天上がり’の後に来る反動が気掛かりだ。
                             (2003.4.3)