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イチローの金字塔

建設メディア顧問
マスコミ人OB会福島ペンクラブ会長
元福島民報専務・編集局長 星一男氏
星一男氏

 大リーグのイチロ一が3000本安打を記録、見事な金字塔を打ち立てた。でも、ご本人は「何時かはやって来る通過点。だから、これで終わるみたいな言われ方は心外」と相変わらずクールだ。それがまた魅力なのである。今回の3000本は日米通算。日本だけなら”喝”の張本勲さんの3085本がトップに座っている。これをイチローが破るのは時間の問題だが、張本サンは「イチローの力からすれば当然だが、私の記録は日本プロ野球だけのものだから、イチローと同じにしないでくれ」と内心は穏やかではなさそうである。何にしても、日本人の野球レベルが大リーグのトップクラスまで上達した証として素直に喜びたいのだ。日米の差は一気に縮んだ。イチロー選手、おめでとう。

 日米野球で思い起こされるのは戦前の逸話だ。昭和11年に大リーグの選抜チームが日本にやってきて各地を転戦した。なにせ、野球の神様みたいなべーブ・ルースを筆頭に鉄人ルー・ゲーリックなどヤンキースの主力選手がズラリというチームだ。当時、日本にはまだプロ野球がなく全日本チームを作っての対戦となった。これが、どのように挑んでも米チームには歯が立たなかった。そんな中で静岡での試合で立ち向かったのが新進ピッチャー沢村栄治だった。速球に加えて“懸河のドロップ”を持っていた。今はドロップなんて誰も言わない。アナウンサー連中はみな“変化球”で済ましてしまう。ドロップとは垂直に曲がり落ちるカーブのことだ。これを交えた沢村の投球をさすがの大リーガーも打ち崩せなかった。試合は0対0のまま進んだ。ところが、やはり大リーガーは凄い。沢村投手がドロップを投げるときに口をへの字に曲げるクセがあるのをゲーリックが見抜き、への字で投げたドロップを狙って見事ホームランを打ったのだ。この1点で1-0で沢村投手は敗れた。戦前の日米野球で唯一、日本が勝てるチャンスのあった試合だった。

 戦後の昭和23年にフランク・オドール監督が率いる「シールズ」(あざらし)という米プロ野球チームが来日して読売巨人軍などと連戦したが、この時も一度も勝てなかった。なにせ敗戦直後でアメリカ野球事情などロクに分からなかったころだ。ただ無闇に強いチームだったが、これがサンフランシスコ・ジャイアンツの3Aのマイナーチームだった、と後で知った。それほどアメリカ野球のレベルは高かったのである。それを思うと、改めてイチローや松井、松坂の今の活躍は凄いことなのだ、としみじみ思わずにいられないのだ。(2008・8・10)





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