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デパートは死なず、ただ消え去るのみ

建設メディア顧問
マスコミ人OB会福島ペンクラブ会長
元福島民報専務・編集局長 星一男氏
星一男氏


 いま百貨店が苦戦している。今夏のボーナス期である7月の全国百貨店売り上げ合計は前年同月比で11.7%も減ったという。かってない落ち込みぶりだ。早くも「デパートに存在理由が無くなったからだ」という“絶滅宣告”すら飛び出している。大体、消費とか購買の分野で人間と品物の関係を考えてみると、消費・購買の主役はあくまで人間であり品物は脇役でしかない。なのに古(いにしえ)から主役が脇役の側まで出掛けて行って手に入れてきた。
 
 「これは逆ではないか、脇役が主役の元に近づいて来るのが正当なのではないのか」という発想が商業界に生まれ、ここ30年の間にそれが具現化した。スーパーの登場である。郊外に広い駐車場を備えた大型店舗を造って、日常生活の必需品を何でも揃えて消費者をかき集めている。モータリゼーションを活用し住宅団地が郊外に伸びていくのと歩調を合わせて、より人間に近付いた形だ。そうしているうち、さらにその上を行く商売が現れた。コンビニエンスストアである。これはもっと住宅街に分け入って、民家と軒を並べて暮らしに必要な品揃えで便利さを売り物にしている。限りなく脇役が主役の側に近寄ったのである。ところが生き馬の目を抜く流通業界は、コンビニのさらに上を狙った。文字通り人間の足元まで近づこうという宅配便である。単に頼まれた荷物を届けるだけでなく、本場の食品を食卓の上まで届けよう、という商売だ。

 こうした商業界・流通業界の理念の変化に対し、デパートは一等地に華麗な店を構えて主役の方から足を運ぶのを待っている。でも、わざわざ足を運ぶに足る何かがこれまでの百貨店にはあった。それは最高級の品物を見せて優雅な気持ちを植え付け、“ああいう物を身に付けたい、手にして使ってみたい”と思わせ贅沢ごころを満たさせる役割があった。言い変えれば、デパートは内外文化のショーウインドーだったのだ。王朝風の家具を置き、フランスの名画を並べる。それに憧れて買い求める客に応対し、優雅な満足感を分け与える。

 今、百貨店はしまむらやユニクロが繁栄しているのを見て、低価格路線を取り入れた。そこには文化の香りの一片すらない。低価格商品なら、わざわざ足代を使って目抜き通りの店まで出掛ける必要はない。スーパーでもユニクロでもいいのだから。かくして百貨店は低価格競争の渦に自ら身を投げ入れた。それは「百貨店の自殺行為」なのだ。“我々には包装紙が持つブランドの力があさる”という経営者よ、包装紙の威力はとっくに消滅しているんだヨ。(2009・10・19)







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