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「残念」の声が渦巻いた

建設メディア顧問
マスコミ人OB会福島ペンクラブ会長
元福島民報専務・編集局長 星一男氏
星一男氏


 星野哲郎さんが亡くなった。85歳と言えば天寿を全うしたのかも知れないが、でも残念だったなア。歌謡曲の作詞家としては卓越していた存在だった。新聞記者としてベンで暮らしてきた目から見て、星野さんの詞にはびっくりさせられるような着眼と言葉があって感嘆させられ続けた。例えば「みだれ髪」の歌詞だ。「春に二重に巻いた帯、三重に巻いても余る秋」なんて、とても凡人には表現出来ない。北島三郎が歌った「風雪ながれ旅」の「泣きの十六、短い指で」とか「鍋の焦げ飯、袂で隠し、のがれ来たのか親の目を」といつた切ない情景が眼前に浮かんでくるフレーズの連続である。このモデルになった津軽三味線の高橋竹山さんがまだ世に認められないころに門付け三味線の厳しさ、血のにじむような極限の暮らしを取材して練り上げた珠玉の詞である。渥美清さんの「男はつらいよ」も星野さんの作品だった。
 
 星野さんが清水高等商船学校を出て船員になった話は川柳三日坊主の佐藤良子さん(民友世相川柳選者)からうかがって知っていた。なんでもご主人が同級生だったとか。でも客船の船員か、と思っていたら遠洋漁業の乗組員だったようだ。よほど海に憧れていたんだろうなア。ところが腎臓結核になって船を下りざるをえず、闘病生活中にペンを手にしたのだった。人生なんて何がキッカケになるかわからない。病気がなけりゃ、それこそ「兄弟船」じゃないが、マグロ延縄漁をやっていたかも知れない、なんて想像しちゃうよネ。
 
 同じ日、63連勝中だった横綱白鵬が稀勢の里に寄り切りで敗れ、不朽の名横柄双葉山の69連勝の記録更新が目前にして潰えた。これに対する国内の反応は様々だったが、大半は「新記録が出来ず残念」というものだった。でも、戦時中に小学生で相撲メンコやラジオ放送で大相撲に夢中になっていたころ、人気の的は立浪部屋の三羽烏双葉山、羽黒山、名寄岩だった。その双葉山が打ち立てた69連勝は燦然と輝く大記録だった。それが破られる?もったいないことだなア、という思いが先に立っていた筆者には「よかった!」とホッとしたのは事実だ。破った稀勢の里は早くから大器で横網は間違いなし、といわれながら、小結、関脇に昇りつめると判で押したように負越してしまっていた。今場所も前頭筆頭に落ちている。双葉山の69連勝を阻んだのはやはり前頭の安芸の海だった。そして安芸の海は後に横瀬になっている。稀勢の里も横網になれるゾ。早く日本人の手に網を取り戻せ。(2010・11・19)






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