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無惨なり!白砂青松の三陸海岸

建設メディア顧問
マスコミ人OB会福島ペンクラブ会長
元福島民報専務・編集局長 星一男氏
星一男氏


 ついに来てしまった!津波という悪魔の爪が…。それにしても、なんという情け容赦の無い悪魔ぶりなのだ。海底地震が起きて20分もしないで襲った巨大な潮の壁、それは20メートルにも達していたという。大船渡市の美しい碁石海岸、長いこと津波と向き合って知恵をつくして町を守りぬいてきた宮古市の田老海岸、そして美しい松並みが広がるゆったりした気持ちのいい海岸、陸前高田市が一瞬のうちに人の命を奪い、一面を瓦礫に化した。3月11日午後2時43分、悪魔の一瞬!それから15時間後、ニュースでは「岩手県陸前高田市は津波でほぼ壊滅状態」と総務省消防庁が伝えていた。
 
 十年前、娘が旅行情報誌で知った碁石海岸の海風荘という名の民宿に惹かれて夏の家族旅行をした。うたい文句は「晩ご飯にはマグロの兜煮付き」だった。白波が打ち寄せる松林の岡の上に立っていて眺望すこぶるよし。晩飯にお目当てのマグロの兜煮がデンと出された。カジキマグロの頭ではあったが、物珍しさと味のよさ、そのボリュームに圧倒されて一ぺんでとりこになった。アワビもお手軽にサシミで食えた。翌日の朝飯には朝からサンマの塩焼きが1匹デーンと出されて度胆を抜かれた。以来数回訪れた。国道45号線を遡って行くと、宮城県の志津川、歌津、大谷、唐桑と続く。唐桑には津波博物館と体験館があって、突然襲ってくる津波の恐さが体験出来た。実は、筆者の父親も1933年の三陸大津波を体験していたのだ。といっても、父の場合は船に乗っていて、からくも志津川の港を命からがらに逃げ出して助かったのだという。筆者の数え3歳のときの話だ。この話を何度も聞かされた。こんな幼児体験がインフォリオリテイ・コンプレックスとなって、三陸海岸の津波伝説に惹かれてきたのだろうか。

 そして気仙沼市から岩手県にはいると大船渡海岸、陸前高田海岸とおだやかな入江が続くのだ。あの平和そのもののようなリアス式海岸になんの罪があった、というのだろうか。3月11日、サタンは何を血迷ったのだろうか。考えてみれば平成23年の春は怪しかった。三寒四温と来るのが春の常識なのに、今年はこの3回の寒さと4回の暖かさの来方が入り乱れたうえ、3月に入って三陸海岸沿いでやたら、大きな地震が起きたりして、春の足音は乱れっばなしだった。今年だけなのか、それとも地球がこんな形に変形してしまったのか、などと、うすら寒さを覚えていたところだったのだ。この奇妙な予感がこんな大惨事につながるなんて、当分寝覚めが悪いなア (2011・3・21)






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