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Home >斜め読み聞きかじり >2011/5/23

震災で7万部ふっとぶ

建設メディア顧問
マスコミ人OB会福島ペンクラブ会長
元福島民報専務・編集局長 星一男氏
星一男氏


 3月11日発生の東日本大震災から2カ月以上が過ぎた。相変わらずNHKはじめテレビも新聞も東電福島第一原発の放射能汚染ニュースにかかりっきりだ。書店には各新聞社が発行した裏災被害写真特集号があふれている。どれも大津波襲来の生々しい写真が掲載されている。でも、なぜか買い入れる気分にならない。後々の資料写真としては第一級の貴重な記録になるだろうが、「記念に…」という気になれないのだ。それほど悲惨さの衝撃が心に喰い刺さっているのか、と自分で自分のことに驚いている。
 そんな中、福島民報社の渡部世一社長から、これまた衝撃的な話を聞いた。あの震度7の地震で福島民報の部数が一挙に7万部失われた、という。なんと発行部数31万部の23%が消えてしまったのだ。大津波にさらわれて跡形も無くなった浜通りで販売店の多くが無くなり、なによりも購読していた愛読者の方々が失われた。さらに追い打ちをかけたのが、原発の放射能汚染で立退き避難した住民は新聞どころではなくなったことだ。その結果が7万部となって現れた。新聞社にとって講読料は2大収入源の1つである。しかも、いかに広告収入を上げても、新聞社にとってのステータス・シンボルは発行部数だ。
 
 渡部社長はこう言った。「被災3県の新聞社ではまだ公表していないようだが、ウチは堂々と部数減を公表していきます。また24万部から出直せばいいのです。“がんばれ福島”とともに“立ち上がるゾ!福島民報”の意気込みで部数増に全力を尽くします」。その言やよし。福島民報は昭和50年代に「V25作戦」を展開し20万部から25万部に躍進した時期があった。これから県民紙民報はV30作戦を展開していくのだろう。出身新聞社だとはいえ、その雄姿に拍手を贈りたい。元気になった福島県を日本全国に伝えるために、県紙福島民報が30万新聞社に立ち戻ることは使命と言っていいのではないか。
 同様のことは同じ県民紙の福島民友新聞社や、お隣り宮城県を本拠地とする
河北新報でも言えるだろう。多分、河北紙の場合は東北ブロック紙を標榜していたから、震災被害3県で致命傷を受けただろう。とくに三陸海岸が強い新聞社だから大津波をモロに受けただろうと思う。その辺は憶測に過ぎないのだが元気に立直ってほしいのだ。民報の発行部数といえば、昭和30年4月に入社したころは表向き15万部、実際は9万部で「だまされたかナ」と思ったことが記憶に残っている。 (2011・5・22)






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