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交通事故で知る本当の“怖さ”!

 4月中旬に福島市のあづま運動公園北側の市道交差点で事故に遭って、「人の傷みや苦しみは味わった者にしか分からない」という言葉を、これほど実感したときはない。運転していた女房殿は右半身の脳、肺挫傷、腕、肩、肋骨、骨盤骨折などのほか、一時的な記憶喪失などで入院2ヶ月、小生も肋骨6カ所の骨折治療と、事故1ヶ月半後の6月8日には頭の血腫除去手術で入院するなど共に3ヶ月は散々な生活を送った。病院から「再発の恐れ無し」とのお墨付きを戴き7月末から復帰したが、微熱、鼻血、めまい、頭痛などに悩まされ、その度に緊急病院に駆け込む始末で、まだ満足な復帰とは言えない。女房殿も記憶の回復と事故による目の後遺症があり完全復活には、もうしばらく時間が必要である。
 毎日、痛ましい交通事故のニュースは後を絶たない。テレビのニュースで事故現場が映されると、胸がムカムカするのも心的障害のひとつだそうだ。車も3ヶ月振りで運転を再開したが、一旦停止交差点、信号なしの交差点では悪夢の日が蘇り、緊張の連続で家に戻ると疲れがドッと襲ってきて、仕事もままならない。免許を取得以来37年間乗り続けてきたが、これまで大きな事故にも遭わなかったことが不思議である。

今回の事故はまさに、“不幸中の幸い”であったと神や仏に感謝している。いまや走行中のカーナビ、カーテレビ、むろん運転中のケータイは御法度だ。こんなことは当たり前だが、本当の“怖さ”は事故に遭ってみないとを実感できない。
 加害者は栃木県で学校教員をしている同年代の男性。その日は福島のフルーツラインの桃の花を見物に来たが、道に迷って一旦停止を見落とした結果の惨事だった。小生の場合は心配ないが、保険代理店の話しだが、保険に入らない若者が多く“当たられ損”の被害者が年々増えているという。国も“被害者に対する無制限の保証”を義務づけるべきである。 “怖ろしさ”のもうひとつが、「病院を全面的に信用してしまう」こと。少なくても2カ所以上で検査を受けるべきだ。「医者を信用するな」というのではない。自分の命は自分で守る心構えが大切ということだ。小生の『慢性硬膜下血腫』も別な病院で発見されたからである。先生に「あと一週間遅れたら左半身麻痺の生活だったよ」と言われ身震いした。まったく幸運というほかない。
 読者諸氏も自動車保険の見直しと運転マナーの見直し、不幸にも事故に遭ったときは複数の病院で検診すること。まさに「後悔先に立たず」である。皆さまにはこの期間、大変ご迷惑をおかけしたことをお許し願いたい。(2004.8.9)