市民のページ

不足していた“おもてなしの心”


「福島の観光って何?」とあらためて感じさせられた講演会が15日、福島商工会議所主催で開かれた。東京から仕事関係や親戚、友人が来ても、「福島は特に見る所もないから・・」と断って会津方面に案内するのが、「おもてなしの心」として定着していたわが家(市民?)である。胸を張って言えるとすれば、「“くだもの”くらいだなぁ〜」との認識しか持ち合わせていない。そんなことを思い浮かべて話しを聴いていると、「見せるものが何もない。それも観光ですよ」という言葉に「ハッ!」としたのである。わが家においても何が不足かと言えば、「福島」に住んでいるという誇りの足りなさであった。
 「福島にも観光となる自然はいくらでもある」と大いなる希望を与えてくれた講師とは、JR東海の初代社長を務めた須田寛氏である。現在は相談役のほか日本商工会議所の観光小委員会委員長として、全国の商工会議所などを中心に観光振興のため積極的な活動を展開している。
 「何もないのも観光」という須田氏は、観光の原点は地元の産業にあるという。特に難しく考えることはない。くだものはすでに“なし狩り”、“りんご狩り”“ぶどう狩り”
など、すでに観光客の特産品になっている。ソバやうどんには“手打ち”体験もある。要するに「自然をそのまま見せよう」とする発想と心を込めて観光客と接する地元民の“おもてなしの心”が大切であるということだった。「何もない」と言って会津に連れて行くことが“おもてなしの心”ではなかったのである。「福島には全国に誇れる観光地がない」というのは、「二度行く気がしない。見る気がしない」ということだ。魅力に欠けていることは、その“手法”に問題があるということだろう。

 “人気のない観光地”と言えば、すでに飯坂温泉もその域に入るだろうと考えている。高校時代は飯坂電車で通学した。“新婚さん”と言わんばかりの華々しいご両人を車内で冷やかした思い出がある。すでに飯坂温泉は30年も前から新婚さんの“メッカ”ではなくなった。須田氏が危惧する大型観光から小型観光への変化、企画化・画一化されたツアー観光から、家族、数人、一人旅などのお客に対するニーズが満たされていないのである。ただ温泉地に来て、温泉に入って帰ると言うパターンからの脱皮が遅れている。飯坂温泉全体が「もう一度あそこで勉強してみたい!体験してみたい!」という魅力がないのも事実である。須田氏が言う「学習観光」が増えていることにも注目すべきで、周辺との連携を強化したリピーターの確保こそが飯坂温泉復活のカギだと思うのである。「何かというと組合だ!県だ!市だ!と言って、少しも自分のホテルや旅館にお客を呼び込もうとする努力が二代目の連中にはない。もっと自助努力の精神を旺盛にしないと、いつまでも飯坂温泉は立ち直れない」と1月にある会合で宿泊した年輩の旅館店主の言葉である。自分たちができないことは、すぐに行政や組織に委ねようとする現代の風潮に一石を投じた重みのある一言だ。

 福島商工会議所は1月に、「福島市温泉地整備事業へのご寄付のお願い」という案内状を会員などに配布した。文面は「温泉観光地の活性化には個々の旅館の経営資源の豊かさと来訪者の満足度を高めるため、温泉地周辺整備が急務だから寄付して欲しい」ということである。性急な発想もいいが、何を整備するのか、どれだけかかるのかなどの具体的計画書が示されぬまま、「ハイどうぞ!」と寄付を承諾する市民はどれだけいるのかは疑問である。須田氏は商工会議所の役割は、全国の会議所と結ばれているネットワークを活用して、観光ネットワークができる唯一組織であり、官と民を結ぶ中間的な役割を果たす機関だと強調している。官ではなく民に求めた今回の「お願い」には一考を要したいが、29万市民が“一体となって“おもてなしの心”で「観光地福島」を再建することに、いかなる疑問も持ち合わせていない。(05.2.17)